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資質的なものを除けば
何も出来上がってないと言えるのではないでしょうか?

武術の中で、子供たちが殴り合っている姿を見たり、
また感じていますと、
心の動きや変化が垣間見ます

子供自身が、自分の吐いた言葉と、
心とが、ぶつかる瞬間が見える

だから子供の「言う」ことを、そのまま受け取ってしまうのは、
どうなんでしょうか?

私は、そんな時「自身のことを気が付けられる」
様にしているつもりです

言葉は、必ずしも真実を?
語ってない場合が多い
本心を言っていない?
本心がない場合も往々にしてある


殴られている子を近くで見て、
あるいは、叩いている姿を近くで見て、
何を感じ、どう思うのか?

いつもやられて泣いている子を見て、
心が動いているのが手に取るように分かるのです


そういう本能的なモノが、今は全て悪にされ、排除している日本社会

「やり過ぎはいけない」ということをどうやって教えるのでしょうか?

大人も、やり過ぎている現状

悪は悪だ~!とやり過ぎている
トコトンまで叩き過ぎる現状が
直ぐに刺す! 関係のない人にまで刃を向けてしまう!

正義も、ゆき過ぎると反作用的になるのですね*



子供の戦いも、大人の戦いでもそうですが、
向かい合った時、勝敗が決まっていることが多い

戦う前に、大声で叫んでいたり、手をブンブン回していたり、
威嚇する様な態度を取っている方が大抵は負けます

静かに立っている方が勝つ

威勢よく見せるのは、弱いからそういう態度を取るのです
強そうに見せて勝とうとしても勝てません
言葉でビビらしても勝てない
自分がビビっている


子供が戦う前、お互いに礼!の前を、よーく観て下さい

分かりますよ
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愛知県で活動しているクラウドサッカークラブの運営をしています。
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