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夏の季節には、陽気な曲が沢山ありますが、夏こそバラードが似合うと私は思っています。夏の夕陽を見ながら一人たたずむ姿って絵になりますよね*
サザン
♬ 涙が溢れる悲しい季節は 誰かに抱かれた夢を見る~
泣きたい気持ちは言葉に出来ない 今夜も冷たい雨が降る~
堪え切れなくて溜息ばかり 今もこの胸に夏は巡る
四六時中好きと言って 夢の中に連れて行って~
NOW AND FOREVER
この曲は、リチャード・マークスさんのモノです。歌詞もメロディーも素晴らしい*
数々の苦難が頭を駆け巡り 疲労困憊している時
やっとのことで正気を保っているオレを 受け入れてくれる君
途方に暮れているオレを それでも理解してくれる君
今より永久に君の男でいることを誓う
自分のことに精一杯で 君のこと深く考えていなかった時もあるけど
君は僕に与えられた 天からの授かりもの
あらゆる方法を尽くし君に伝えたい
今より永久に君の男でいることを誓う
もう一人ではないんだね
どんな時にも君はいつもそこにいてくれたんだね
いつの日にも 海が砂と交り合わなくなる その日まで
良い詩です*拙者に、こんな詩は書けません*笑 夏海の夕焼けに似合う歌です。
詩を書く
コンサートに出させて頂いた影響でしょうか?今曲を書いています。このHPのテーマソング的なモノではなく、大人の私から観た視点で、子供達の儚さを唄ったものです。暗い歌です☠ 笑
アダンの実
どうして君はここにいる 自分で来たの?
お母さんはどこにいる 元気なの?
悲しみの目で少女は溜息をつく
南の風は優しく 心を包んでくれるけど
波が溢れ 心が溢れ 君の瞳が溢れて
地平線に太陽が沈んで行く オゥ~ン~
ミディさん
ミディさんは音楽が好きで好きで、今まで一筋に生きてこられたのだと察します。音楽をされる方は、善い意味で何処か独特です。また、少し変と申しますか?可笑しな人でなければ遣れない!謙虚では遣っていけないと陽水さんが言っていました。私が一番変なのですが・・・笑 迎合を嫌い!我が強いと思います*だからこそオリジナル的な物の見方や、オリジナルティーが生み出されるのかも知れません。感性が人と同じではダメ!人が気付かないことや、人とは違う価値観?視点見たいなモノがないと、表現者には成り得ないのでしょう?ミディさんの人柄は信用出来ます。武骨で芯があり、剥き出しの魂がある*辛いことや、苦しいことも沢山あるのでしょうが、今を生きておられるのだなあと感じるのです。素晴らしい*今も父親が買ってくれたギターだけは、大事に持っておられました。「これだけは捨てられないと・・・」私とは大違い!私は大切にしなければならないモノは全て捨てて来てしまいました*それが私なのです。どうしようもない?救い様がない人間*このブログなる私のモノを読み返していましても、心の中が透けて観えたりして嫌になると同時に、この姿は私ではないとも思えるのです。何が本当で何がウソなのでしょう?「虚」です。
人間は何故生きる?
生きることとは愛すること?生きる意味とは愛すること*と本で読んだ事があります。私が愛と言う言葉を使いますと、欲望と言う様な誤解を生みますので、他者に対する優しい気持ちと置き換えさせて頂きます*笑 私が子供の時、カブト虫の幼虫を飼っていました。学校から帰ると一番に見に行き、掘り起こして幼虫の姿を見るのが楽しみだったのです。しかし、ある日掘り起こすと、サナギに成っていた為に、手で傷つけ角が曲がってしまいました。可哀想に思い直ぐにオガクズを被せましたが、数日後、その成虫になったカブト虫を見て、何とも言えない思い?後悔に苛まれたのです。「ぼくが触ったばかりに、角が曲がってしまったんだ*」と・・・苦い思い出です*トルストイの本で、「人は何で生きるか」と言う本があります。その中に天使の男が出て来るのですが、その男が人間が生きる意味を悟る場面があります。それは、神から一人の女の命を奪って来る様に命ぜられた天使が慈悲の心が芽生え、命に背き奪わずに帰って来てしまいました。 そこで神は言いました。「もう一度行って魂を抜いて来なさい*そうしたらお前には、三つのことが解るであろう! 人間の中には何があるのか?人間に許されていないのは何か?人間は何故生きるのか?」と・・・そして、そう言われた天使は母親の命を奪いました*しかし、命を奪った時、乳飲み子の足に倒れた為に、子供の足が曲がってしまいました。「この乳飲み子は、母親がいなくなればきっと生きられないだろう*」と、天使は思いましたが、可哀想に思った他人が育ててくれたのです。そこで悟りました。人は皆、人の支えによって生きられるのだと・・・
悩む力
情報環境の変化や、コミニュケーションの取り方の激変により、大変なストレスを感じている私ですが、人類の繁栄とは、この様なことと言えるのでしょうか?疑問を持ちます。苦悩する人間は、役に立つ人間よりも高いところにあると、ある学者は言われました。急速に発展する世界を、一歩も二歩も引いた形で観てみますと、人間のオゾマシイ姿が浮かんで来る様です。発展すればするほど孤独になってゆく様な? 電車で老婆がヨロメキ少し若者の肩にぶつかっただけで睨み舌打ちをする*これも孤独の表れだと私は感じます。世界中の国から見ても、人口当たりの自殺者の数は最悪だそうです*この国は何処に向かって行くのでしょうか?
知っているだけ?
子供達が自慢げに、「先生!クライフターン知ってる?じゃあこれは?」などと言って来ます。きっと知っていることがとても価値があるのでしょう!ケガをしないことも高い価値があるのでしょう?知る事が一番ではなくて、自分で遣る!出来ることが一番です。知識は教えてくれるのでしょうが、知恵は自ら矢面に立ち、学ばなければなりません。生きる上に於いて知識も必要ですが、最も重要なのは知恵の方です。情報だけで分かった気になるのが現代!経済効果10億円とか?本当はどれだけなのか知りたくもない?笑 で、それが如何程のことなのでしょう?知ることの?知っているだけの価値って、どんなものなのでしょう?何処まで知っていれば知ったことになるのでしょう?
産卵
子供を沢山産まなくなって久しいですが、近年の産婦人科病院は、エンタテイメント化され演出が凄い病院もあるそうです!確かに女性は子供を産み大変だなあ?と思いますが、女性自身から「どれだけ大変か*」何て言われますと、反発心が芽生えてしまいます。昔の女性はそんなことは口にしませんでした。だから偉いなあと思います。大変だ!大変だ!と言われれば、「そんなことは、ねえだろう?」「そんなに大変だったら産まないでおけば*」と、嫌らしい気持ちすら湧いてしまいます。虫も犬もネコもライオンもトラも出産は命懸けですよね*自分達だけではない。当たり前の様に立派に生んでいます。不況になればなるほど、サービス合戦が盛んになり、お客の奪い合いが始まります。 過剰なサービスでお客は勘違いを起こし、偉くなった様な錯覚をします。商売によって人間の嫌な心の増長を引き起こす*ご批判を受けるのでしょうが、人間の出産も虫の出産も、動物の命も私は同じです。ですから人間だから特別という考え方は難しい? 人の命は大切だと誰しもがおっしゃいますが、ではどの様にするのでしょう?スローガン的に聞こえる!本当は皆、命の綱渡りをしながら生きて来たのではないでしょうか?子供の時は特にそう思います。あの時は、危なかった!間一髪だった!そんなことは沢山あった。運よく生き延びれたのか?その危険すら知らずに生きて来られただけなのでしょう*
生きていられることが当たり前になると、小さな喜びが感じられなくなり、サプライズとかを常に求め続け、些細で希薄なことを大袈裟に大きく受け止めたりするのでしょう?そして、事故があると、「突然」とか!「急に言われても!」「こんな所で起こるなんて!」と言う摩訶不思議な言動をする*親が我が子を殺し、子が親を殺す時代です。何時何が起こっても何も不思議ではありません。人が生きるとは?何て普通に生きていれば考えなくても良いのでしょうか?
試さない
クラウドのスタッは善い人間ばかりなのですが、仕事中によく気になることがあります。それは、私が指示したことに対して、「こうなったらどうするんですか?」「これがこうだからどうですか?」などと、色々な可能性にいち早く気が付き指摘して来ることです。少々キレ気味になる私ですが、グット我慢して! 「遣って見てダメだったら考えや~!」「遣る前から悩むより、遣ってから悩む*」情報が沢山あり過ぎますと、一歩が踏み出せなくなるものです。頭でっかちなんです。そう言えば、この前、笑ったことがあります。アフリカワールドカップのブブセラが体にどんな影響を生む可能性があるか?と真剣に批判し、専門医を訪ね聞く番組があったからです。本当に変な国日本!もっと遣れることはあるのに勿体ない*