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瀬戸・尾張旭で優勝・準優勝・3位
突然、夜にテニスの卒業生から電話を貰いました!女の子が弾んだ声で電話をくれました。そんな事は滅多にないものですから嬉しかったです*笑 前回の大会でも、卒業生達が、優勝、準優勝、三位を独占したことを聞きましたが、また今回もそうだったそうです!強いんです*でもその中でも、せめぎ合って戦っている報告をくれました。前回の大会は、少し応援に行かさせて貰いましたが、みんな凄くパワフルになっていてビックリしました。公式を遣っていたからでしょうか?指導が良かったからでしょうか?そんなことは絶対ないですね ☠ 笑 最初私は、心配でドキドキして観ていましたが、試合が始まると圧倒的な強さで、何も心配は要りませんでした。相手の子が可哀想になるくらいでした*卒業生達は、みんなバラバラの中学校でライバルになっていました。でも仲は良さそうでした?女の醜い争いはないと思います?笑 女性の本音は解らないですが、性格の良い子たちばかりでしたから純粋に信じましょう!笑
三位だった子が、二位に!
電話をくれた子は、今まで三位が多かったのですが、今回は二位になったと喜んでいました。更に、優勝決定戦で接戦だったそうです。優勝したクラウドの子から、「危なかった!」何て言われたと、それも喜んでいましたね!小学生の頃から、運動神経抜群で強かった子に、そんなに巧くなく運動神経も劣っていた自分が接戦する戦いが出来る様になった事がとても嬉しかったのでしょう*気持ちは十分解ります。私も嬉しい*小さな頃に親が判断して、「この子には向かない?」と、短期間で辞めさせられて行った子供達を思い出しました。向いているのか向いていないのかではなく、その子が、そのスポーツを本当に好きかどうかが重要なのではないでしょうか*下手な選手でも遣り続ける子供は沢山います。それを簡単に奪ってしまう大人も沢山いる*子供は親に従うしかない。でも、その抑圧されたモノは、何時か何倍もの反動になり返って来ます。子供は子供のままではないからです。報いが必ず来る*
公式から軟式に
約6年間私が公式を教えて、中学で軟式になりました。公立ですから仕方ありません。よく、「公式を折角習ったのに、軟式を遣らなければイケナイから残念*」などと、否定的なお声を聞きますが、私は必ずしも悲観的に捉えません。 それは、何でも継続的且つ真剣に取り組んだことなら全て役に立つと感じているからです!また、そう言う思考を持ちたいですね!現に子供達を観ていてその通りだと確信しました。 私は子供達に伝えるのです。「無駄だと思うことや、どっちでも良いと思うこと、面倒くさいと感じることを一生懸命真面目にやろう!人が嫌がることや、人が気が付かないことに目を向けなきゃいかんよ!今だけのことを考えていてはダメだ!」と・・・無駄だと決めつけたら取り組む姿勢が違って来ますから、そこから得ることも希薄なものなるでしょう?きっと役に立つ! イヤ将来の事を考えなくても、目の前にあることを一生懸命遣ることは、自分の人生を必死で生きている証ではないでしょうか?損得に囚われていては、見えないモノを観ることは出来ないでしょう! 損も得も合わせて人生なのですから*幅があった方が厚みの人生になる*
技術の成長は体の成長と共に
試合を観ていて、成長の差を改めて認識致しました。更に、努力していれば、その差は直ぐに縮まる事もです。天性のモノは確かにあるのでしょう!しかし、努力に勝るモノはない!人間のことを一つの言葉で語っては、ウソになると思いますが、両方の兼ね備えた上での話なら真実により近づくでしょう?
楽しいテニスの意義
巧く遣れないから練習します。 初めから巧ければ指導者は必要ありません。その根本を忘れて直ぐ怒鳴り、「何故出来ないんだ?」と叱るのです。楽しく指導出来ないのは、指導者が傲慢なだけです。楽しく、明るく教えられないで子供の指導者と言えるのでしょうか?
信頼が成長を促す
試合に応援に行きましたら、電話をくれた女の子が小走りで私に近寄って来て色々世話をしてくれました。恥ずかしそうでしたけど、一生懸命さが伝わり嬉しかったです*コートに立つ前、緊張している様な感じでしたが、私の前で負けたくはない!絶対勝って見せる!そんな強い意志を感じました。それは、私に恩返しする様な意味もあることが空気で伝わりました。間違っているかも知れませんが?言い換えれば、私とその子の信頼に対する言葉では言えない何かだったのかも知れません*信頼し、信頼される。その部分は、指導の上でとても大切なことだと思います。成長を促す意味です。技術面でも人間性に於いても!信頼とは、目に観えませんが、信頼関係がないと、どんな良い指導でも楽しくはない*そして、アドバイスの効果も半減すると思います。
突然、夜にテニスの卒業生から電話を貰いました!女の子が弾んだ声で電話をくれました。そんな事は滅多にないものですから嬉しかったです*笑 前回の大会でも、卒業生達が、優勝、準優勝、三位を独占したことを聞きましたが、また今回もそうだったそうです!強いんです*でもその中でも、せめぎ合って戦っている報告をくれました。前回の大会は、少し応援に行かさせて貰いましたが、みんな凄くパワフルになっていてビックリしました。公式を遣っていたからでしょうか?指導が良かったからでしょうか?そんなことは絶対ないですね ☠ 笑 最初私は、心配でドキドキして観ていましたが、試合が始まると圧倒的な強さで、何も心配は要りませんでした。相手の子が可哀想になるくらいでした*卒業生達は、みんなバラバラの中学校でライバルになっていました。でも仲は良さそうでした?女の醜い争いはないと思います?笑 女性の本音は解らないですが、性格の良い子たちばかりでしたから純粋に信じましょう!笑
三位だった子が、二位に!
電話をくれた子は、今まで三位が多かったのですが、今回は二位になったと喜んでいました。更に、優勝決定戦で接戦だったそうです。優勝したクラウドの子から、「危なかった!」何て言われたと、それも喜んでいましたね!小学生の頃から、運動神経抜群で強かった子に、そんなに巧くなく運動神経も劣っていた自分が接戦する戦いが出来る様になった事がとても嬉しかったのでしょう*気持ちは十分解ります。私も嬉しい*小さな頃に親が判断して、「この子には向かない?」と、短期間で辞めさせられて行った子供達を思い出しました。向いているのか向いていないのかではなく、その子が、そのスポーツを本当に好きかどうかが重要なのではないでしょうか*下手な選手でも遣り続ける子供は沢山います。それを簡単に奪ってしまう大人も沢山いる*子供は親に従うしかない。でも、その抑圧されたモノは、何時か何倍もの反動になり返って来ます。子供は子供のままではないからです。報いが必ず来る*
公式から軟式に
約6年間私が公式を教えて、中学で軟式になりました。公立ですから仕方ありません。よく、「公式を折角習ったのに、軟式を遣らなければイケナイから残念*」などと、否定的なお声を聞きますが、私は必ずしも悲観的に捉えません。 それは、何でも継続的且つ真剣に取り組んだことなら全て役に立つと感じているからです!また、そう言う思考を持ちたいですね!現に子供達を観ていてその通りだと確信しました。 私は子供達に伝えるのです。「無駄だと思うことや、どっちでも良いと思うこと、面倒くさいと感じることを一生懸命真面目にやろう!人が嫌がることや、人が気が付かないことに目を向けなきゃいかんよ!今だけのことを考えていてはダメだ!」と・・・無駄だと決めつけたら取り組む姿勢が違って来ますから、そこから得ることも希薄なものなるでしょう?きっと役に立つ! イヤ将来の事を考えなくても、目の前にあることを一生懸命遣ることは、自分の人生を必死で生きている証ではないでしょうか?損得に囚われていては、見えないモノを観ることは出来ないでしょう! 損も得も合わせて人生なのですから*幅があった方が厚みの人生になる*
技術の成長は体の成長と共に
試合を観ていて、成長の差を改めて認識致しました。更に、努力していれば、その差は直ぐに縮まる事もです。天性のモノは確かにあるのでしょう!しかし、努力に勝るモノはない!人間のことを一つの言葉で語っては、ウソになると思いますが、両方の兼ね備えた上での話なら真実により近づくでしょう?
楽しいテニスの意義
巧く遣れないから練習します。 初めから巧ければ指導者は必要ありません。その根本を忘れて直ぐ怒鳴り、「何故出来ないんだ?」と叱るのです。楽しく指導出来ないのは、指導者が傲慢なだけです。楽しく、明るく教えられないで子供の指導者と言えるのでしょうか?
信頼が成長を促す
試合に応援に行きましたら、電話をくれた女の子が小走りで私に近寄って来て色々世話をしてくれました。恥ずかしそうでしたけど、一生懸命さが伝わり嬉しかったです*コートに立つ前、緊張している様な感じでしたが、私の前で負けたくはない!絶対勝って見せる!そんな強い意志を感じました。それは、私に恩返しする様な意味もあることが空気で伝わりました。間違っているかも知れませんが?言い換えれば、私とその子の信頼に対する言葉では言えない何かだったのかも知れません*信頼し、信頼される。その部分は、指導の上でとても大切なことだと思います。成長を促す意味です。技術面でも人間性に於いても!信頼とは、目に観えませんが、信頼関係がないと、どんな良い指導でも楽しくはない*そして、アドバイスの効果も半減すると思います。
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