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小さな頃
私が小学6年生くらいまでは、縫ってある靴下が私のタンスに入っていました。お婆ちゃんや母が縫ってくれていました。当て布をしてくれている物もありました。そんな手間が掛かったものを、子供の私は、恥ずかしいからとか、ゴツゴツして気持ち悪い!と不平を言っていた記憶がございます。元々裸足が大好きで、靴下を履かない!履きたくない子供でしたから尚更イヤだったのでしょう*今、破れた靴下を見ると、想いを知らずに生きていたんだなあ*そう考える時があります。
物を大切にすることは人の想いを大切にすること
洗濯物の隅がちゃんと合わせ畳んである物を観ると、女性の人柄と申しましょうか?人間が?気持ちが伝わる気が致します。 それと同じ様に物の使い方で、その人間がどの様に育って来たのか垣間見えることもあります。クラウド生の子供の話ですが、ある試合中、タッチラインからボールが出ました。その時にボールが給水用のペットボトルに当たって倒れました。些細なことですが、その子は、ボールよりも先ずペットボトルを拾い立てたのです。その子の親の教育と申しましょうか?生まれ持った資質なのでしょうか?見ていた私は何とも言えない良い気持ちになりました。
テニスの試合での出来事
卒業生から手紙を貰いましたので、ある日曜日に応援しようと試合観戦に行きました。 強いのは分かっていましたから、今回は余りドキドキはしなかったです。順調に3名とも勝ち上がっていました。一つその中で気になった事がありました。それは、私の周りに沢山いらっしゃったお母さん方の会話です。子供の試合の度にコートを移動しなきゃならないことへの不平不満と、持っていた扇子やウチワを紛失した話でした。 その言葉がとても嫌な感じで引っ掛かりました。「もう、移動ばかりさせるから失くすんじゃない! どうせ100円ショップのだから良いけどさあ*」と!それに対して違うお母さんが、「100円ショップのなら良いじゃない!また買えば~」と、言い探しに行こうともしなかったのです。豊かさって何だろう?安いことは悪いことなのだなあ?人間は良い動物ではないなあ?笑 そんな事を考えながら声を出さずに心の中で子供達を応援していました。バスケットもテニスもそうですが、応援のウルサイこと!熱が入るのは仕方なにのかも知れませんが、子供たちが伸び伸び遣れなくなることも分からないとイケナイと思います。子供の楽しみが親の楽しみになっちゃっています*話がズレマシタ!戻します。物を大切にしなければ子供もそうなると思います。 大切にしなくなったのは、金銭的に豊かになったことと、情報社会になり安い物でなければ売れなくなったという背景があると考えます。 物は欲しい!けど安く買いたい!物に愛情が注げなくなった?だから失くせばまた買えば良いになるのでしょう* 安ければ良いと言う考え方が物の有難味が消えて行った本質ではないでしょうか?我慢して我慢して手に入れたモノは大事しますもんね*ずっと大切にします。私の歌の歸國にも書きましたが、豊かさと便利さを求めて心を無くしたのでしょうね*
大量生産大量消費のツケ
よく大人たちがカッコ良く、「子供たちの未来の為に、どんな日本を残せるのか*」などと言われますが、一度もその言葉を信じたことはありません。それは、大きな事ばかりに目を向けて足元を観ていないからです。 例えば、子供達に物の大切さを教えない!それは忘れ物に対しての親の対応をお聞きしていれば分かります。 また、物の善し悪しを教えていない!自由の善し悪しも教えない。例えばゲーム機です。子供たちの目が悪くなるのが分かっていながら金儲けの為に売り続ける!経済の為に販促する大人たち?目の悪い子供たちがどれだけ増えているのか?そう言う情報は意図的に伝えられていません。あと、私が一番深刻な問題だと思っていますのは、カップラーメン類です。子供の体のことを本当に!真剣に大人は考えているのでしょうか?何故こんなにアトピーが多いのでしょう?大人が豊かに成る為に、何の疑いも持たず大量生産大量消費している!そんな日本の何処が、子供達に明るい未来を残そう!と言えるのでしょうか?この国の悪い所は、自分で判断しないことです。隣が遣っているから遣ると言うことです。 今の常識を疑い、オレはこう思う!とか、私はこうする!そう言う考え方を持たないといけないのに、それが間違った方向に向いている?小さな不平不満や批判ばかり!後ろ向きになっていると感じます。
物を売る心
昨晩のニュース番組で、テレビの販売台数が外国企業に負けているのは何故だろう?また、どうしたら良いのか?と解説していました。それに対して意見を求められたメリルリンチの偉い日本人の人曰く、「もっと世界中が喜ぶ美しいテレビを作らないといけない!」と、言っていました。私の頭の上には?マークが三つ* 笑 ダメだこりゃ~! 日本は機能性ばかりに目を奪われ、ニーズを忘れてしまいました。物作りは、良いモノを作るのが原点です。その良い物の本質が分からなくなってしまった!売れない理由をこんな風に言っていました。「日本製品は技術力が高過ぎて、他国の人間が理解出来ない?使いこなせないのだ?」などと驕った事を言っていましたね*物売りの心を失ってしまったのでしょう!役立つから買うのと、機能性が沢山あって便利だから買うのとでは意味が全然違う!使わない機能何て無用の長物です。自分たちの足元をもう一度良く見ないといけませんね*長持ちさせることが悪いことでは無い様な日本に戻らなければならない。少しでも物を大切にして、捨てて買うのを止めるのです。私事で恐縮ですが、私の車は古くてボロボロです。もう直ぐ20年!でもちゃんと走ってくれます。後ろのガラスは動きませんが*笑 私が子供のころは、段々アメリカの物が売れなくなり、日本製が売れる様になって来た時期でした。 逆転する時ですね!アメリカ製は直ぐ壊れる!日本製は壊れない!そんな単純な理由だったのです。最初、アメリカの考えは発明した国ですから、驕りがありました。車のドアが左右違うのは当たり前だ!と言われていました。また塗装も雑で斑があっても当然だった!だから最初こそ世界中に沢山売っていましたが、段々日本製に追い越されたのでしょう*今はそういうことが日本にも問われているのでしょう?私はもう衰退して行くと感じています。それが自然の姿です。日本の技術流出と叫ばれていますが、日本もアメリカからの技術が無かったら、今はありませんもんね!一人勝ちを望んでも長続きはしません。自然の摂理の様なものです。人生と同じですね*笑 良い時もあれば悪い時もある!だから明るく次を見て一歩つづ進むのでしょう!皆さん頑張りましょう* 書き込みながら、こんなことを思い出しました。何十年も前に、外国の方が日本を観ておっしゃった言葉です。それは野菜のことでした。例えばキュウリを観て何故、こんなに綺麗に長さが整い、真っ直ぐな物ばかりがスーパーに並んでいるのか?と言う事についての素朴な疑問です。日本人曰く、「そういうキュウリじゃあないと売れないから*」と聞くと、外国の方はビックリされました。「日本人は皆王様か?」と・・・今私が思いますのは、こんな国民意識が日本人の考え方を歪んでしまわせた根の部分だったのではないのか?そう感じています。曲がったキュウリは売れない!それが当たり前*食べ物が無い国もあるのに***
私が小学6年生くらいまでは、縫ってある靴下が私のタンスに入っていました。お婆ちゃんや母が縫ってくれていました。当て布をしてくれている物もありました。そんな手間が掛かったものを、子供の私は、恥ずかしいからとか、ゴツゴツして気持ち悪い!と不平を言っていた記憶がございます。元々裸足が大好きで、靴下を履かない!履きたくない子供でしたから尚更イヤだったのでしょう*今、破れた靴下を見ると、想いを知らずに生きていたんだなあ*そう考える時があります。
物を大切にすることは人の想いを大切にすること
洗濯物の隅がちゃんと合わせ畳んである物を観ると、女性の人柄と申しましょうか?人間が?気持ちが伝わる気が致します。 それと同じ様に物の使い方で、その人間がどの様に育って来たのか垣間見えることもあります。クラウド生の子供の話ですが、ある試合中、タッチラインからボールが出ました。その時にボールが給水用のペットボトルに当たって倒れました。些細なことですが、その子は、ボールよりも先ずペットボトルを拾い立てたのです。その子の親の教育と申しましょうか?生まれ持った資質なのでしょうか?見ていた私は何とも言えない良い気持ちになりました。
テニスの試合での出来事
卒業生から手紙を貰いましたので、ある日曜日に応援しようと試合観戦に行きました。 強いのは分かっていましたから、今回は余りドキドキはしなかったです。順調に3名とも勝ち上がっていました。一つその中で気になった事がありました。それは、私の周りに沢山いらっしゃったお母さん方の会話です。子供の試合の度にコートを移動しなきゃならないことへの不平不満と、持っていた扇子やウチワを紛失した話でした。 その言葉がとても嫌な感じで引っ掛かりました。「もう、移動ばかりさせるから失くすんじゃない! どうせ100円ショップのだから良いけどさあ*」と!それに対して違うお母さんが、「100円ショップのなら良いじゃない!また買えば~」と、言い探しに行こうともしなかったのです。豊かさって何だろう?安いことは悪いことなのだなあ?人間は良い動物ではないなあ?笑 そんな事を考えながら声を出さずに心の中で子供達を応援していました。バスケットもテニスもそうですが、応援のウルサイこと!熱が入るのは仕方なにのかも知れませんが、子供たちが伸び伸び遣れなくなることも分からないとイケナイと思います。子供の楽しみが親の楽しみになっちゃっています*話がズレマシタ!戻します。物を大切にしなければ子供もそうなると思います。 大切にしなくなったのは、金銭的に豊かになったことと、情報社会になり安い物でなければ売れなくなったという背景があると考えます。 物は欲しい!けど安く買いたい!物に愛情が注げなくなった?だから失くせばまた買えば良いになるのでしょう* 安ければ良いと言う考え方が物の有難味が消えて行った本質ではないでしょうか?我慢して我慢して手に入れたモノは大事しますもんね*ずっと大切にします。私の歌の歸國にも書きましたが、豊かさと便利さを求めて心を無くしたのでしょうね*
大量生産大量消費のツケ
よく大人たちがカッコ良く、「子供たちの未来の為に、どんな日本を残せるのか*」などと言われますが、一度もその言葉を信じたことはありません。それは、大きな事ばかりに目を向けて足元を観ていないからです。 例えば、子供達に物の大切さを教えない!それは忘れ物に対しての親の対応をお聞きしていれば分かります。 また、物の善し悪しを教えていない!自由の善し悪しも教えない。例えばゲーム機です。子供たちの目が悪くなるのが分かっていながら金儲けの為に売り続ける!経済の為に販促する大人たち?目の悪い子供たちがどれだけ増えているのか?そう言う情報は意図的に伝えられていません。あと、私が一番深刻な問題だと思っていますのは、カップラーメン類です。子供の体のことを本当に!真剣に大人は考えているのでしょうか?何故こんなにアトピーが多いのでしょう?大人が豊かに成る為に、何の疑いも持たず大量生産大量消費している!そんな日本の何処が、子供達に明るい未来を残そう!と言えるのでしょうか?この国の悪い所は、自分で判断しないことです。隣が遣っているから遣ると言うことです。 今の常識を疑い、オレはこう思う!とか、私はこうする!そう言う考え方を持たないといけないのに、それが間違った方向に向いている?小さな不平不満や批判ばかり!後ろ向きになっていると感じます。
物を売る心
昨晩のニュース番組で、テレビの販売台数が外国企業に負けているのは何故だろう?また、どうしたら良いのか?と解説していました。それに対して意見を求められたメリルリンチの偉い日本人の人曰く、「もっと世界中が喜ぶ美しいテレビを作らないといけない!」と、言っていました。私の頭の上には?マークが三つ* 笑 ダメだこりゃ~! 日本は機能性ばかりに目を奪われ、ニーズを忘れてしまいました。物作りは、良いモノを作るのが原点です。その良い物の本質が分からなくなってしまった!売れない理由をこんな風に言っていました。「日本製品は技術力が高過ぎて、他国の人間が理解出来ない?使いこなせないのだ?」などと驕った事を言っていましたね*物売りの心を失ってしまったのでしょう!役立つから買うのと、機能性が沢山あって便利だから買うのとでは意味が全然違う!使わない機能何て無用の長物です。自分たちの足元をもう一度良く見ないといけませんね*長持ちさせることが悪いことでは無い様な日本に戻らなければならない。少しでも物を大切にして、捨てて買うのを止めるのです。私事で恐縮ですが、私の車は古くてボロボロです。もう直ぐ20年!でもちゃんと走ってくれます。後ろのガラスは動きませんが*笑 私が子供のころは、段々アメリカの物が売れなくなり、日本製が売れる様になって来た時期でした。 逆転する時ですね!アメリカ製は直ぐ壊れる!日本製は壊れない!そんな単純な理由だったのです。最初、アメリカの考えは発明した国ですから、驕りがありました。車のドアが左右違うのは当たり前だ!と言われていました。また塗装も雑で斑があっても当然だった!だから最初こそ世界中に沢山売っていましたが、段々日本製に追い越されたのでしょう*今はそういうことが日本にも問われているのでしょう?私はもう衰退して行くと感じています。それが自然の姿です。日本の技術流出と叫ばれていますが、日本もアメリカからの技術が無かったら、今はありませんもんね!一人勝ちを望んでも長続きはしません。自然の摂理の様なものです。人生と同じですね*笑 良い時もあれば悪い時もある!だから明るく次を見て一歩つづ進むのでしょう!皆さん頑張りましょう* 書き込みながら、こんなことを思い出しました。何十年も前に、外国の方が日本を観ておっしゃった言葉です。それは野菜のことでした。例えばキュウリを観て何故、こんなに綺麗に長さが整い、真っ直ぐな物ばかりがスーパーに並んでいるのか?と言う事についての素朴な疑問です。日本人曰く、「そういうキュウリじゃあないと売れないから*」と聞くと、外国の方はビックリされました。「日本人は皆王様か?」と・・・今私が思いますのは、こんな国民意識が日本人の考え方を歪んでしまわせた根の部分だったのではないのか?そう感じています。曲がったキュウリは売れない!それが当たり前*食べ物が無い国もあるのに***
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