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座る席
大人の施しで、子供を喜ばす事全てが良いことではありません。我慢や辛抱も必要です。でも、大した意味もなくルールに従えと言って辛抱させる必要はないと思われませんか?可能性を追及すれば何も出来ない!当然、無条件に従わせることもあります。しかし、例外もあるでしょうがルールばかりでは楽しくなくなってしまいます。心と体を解放する為にキャンプに行くのですからね*バスの席はどうでしょうか?クラウドでは、バスに座る席についてのルールはありません。基本的には、子供たちに選ばせ座らせています。 その後、コーチたちが後ろ、真ん中、前に座り気持ち悪くなった子の世話が出来る様にしています。ここ数年の変化は、お母さんが子供のことを心配する余り、「前に座らせて下さい!」とか、「真ん中が良いです!」何てご意見を言われることが増えてきました。これも豊かさの産物だと感じています。しかし、私の今までの経験や感覚で申しますと、気持ち悪くなる子は、どの席に座っても同じだと思っています。それよりもバスの運転手さんの技量や、行く先の道の状態の方が影響大なのですよ*中には、「00くんの隣に座らせて下さい!」何て言われる方もおられますが、正直申しあげまして口出しし過ぎではないか?と、そう思います。誰がキャンプに行くのでしょうか? 色んな子供と触れ合い、良いことも悪いことも経験するのがキャンプの目的です。また、様々な事があるから知らない自分を知り、知らない子供とも仲良く成れるのです。楽しく行って来て欲しいと願うのは私達も同じです。一応ご要望はお聞きしますが、本当にその子供の為になるのか?と言えば違うでしょうね*親の心子知らずと言われますが、逆もある。全ての方々ではありませんが、今のお母さんは、小さいことを気にし過ぎて、また言わないと気が済まない様です。今回は、ご意見が少なかったものですから、バスに乗り込む前に子供達にこう言いました。「バスの席は自由ですから、好きな場所に座って良いです。」そう言うと、「ワーイ!」「やったー!」「ヨーシ?」笑!など大きな歓声が湧き起こり声を上げていました*楽しい時は、例え病気があっても症状は出難くなり、酔いも少なくなります。今回は、一人も車酔いで吐きませんでした。余程楽しかったのでしょう!更に、MKバスのUさんは、プロの目から観ても、非常に運転が上手かったです。凄く気を使われて運転してくれていることが伝わりました。感謝致します。運転と言うモノは、ゆっくり過ぎても、丁寧過ぎてもイケません。ある程度流れに沿って、逆らわない様に走るのが良いのです。例えが難しいですが、後ろに大きな水槽があり、その水を溢さない様に走る感じです。ブレーキの掛け方も掛けたのを感じさせない位の踏み方をされていました。運転は人柄が出ますね*良い人でした。ありがとうございました。?運転は本当に人柄が出るのでしょうか?自分自身の私を見て疑念を抱きます。
小さな自慢!すみません*
私の自慢話で恐縮ですが、私は運転には少し自信があります。大型も大型二輪免許も、自動車学校では取得していません。試験場で一発合格です。多分、小さな頃から人が運転する姿を、まるで自分が運転している様に見て練習していたからだと思います。試験中、試験官が私の運転を見ていて、クランクとS字カーブ、バックの車庫入れの時に、「ホー!」と感心する声を出していました。 それを横で聞いていまして、これは合格出来る!と確信したことを覚えています。そして免許を取得して、初めて私が大型トラックを運転した時、心配した先輩が助手席に同乗してくれました。無事故無違反で運転歴30年の熟練したプロ中のプロの方です。そして、重い荷物を積み込み、細い道で大型のダンプとスレ違う時に、私が看板や標識を数センチでサイドミラーを交わしながら通り抜けると、横で拍手をして、「あんたは巧い!もうプロになっとる*大したもんだ!」と、褒めて下さいました。その後に、そのプロ中のプロの方から、こんな訓告を賜りました。「良いか、本当のプロの運転手とは、相手がブツカッて来ても避けられる!予測をして回避しなかんのや!自分だけが安全運転をすれば良いと言うものではない。それは普通のドライバーや!本当のプロとは、どんな状況でも事故をしないのが、プロのドライバー言うんやよ*大型に乗っていれば、少し当たっただけでも、歩行者や普通車の人間は死ぬんだ!想像力と予測を何時も心掛け運転しないかんよ*」と・・・その教えは運転だけに限らず、今も人生全般に役立っています。本当にありがたい教えでした。
ルールを出来るだけ排除する
話をキャンプに戻します。クラウドキャンプには殆どルールはありません。また出来るだけ細かいルールを設定しなくても良い場所に行っています。特に川のキャンプはそうです。大自然が貸切で他の人はいません。ですからご迷惑を掛けない。また川は浅く流れも緩やかですし川幅も狭い!川下はコンクリートのエンテで仕切られています。更に、上には民家もないので水が飲めるほど綺麗!雨の後でも増水は少しです!そんな所なんです。少しスポーツの話と関連付けて話しますが、ルールが沢山あるモノは普及しないし、面白くないのが定説です。難しいルールばかりでは、誰でも直ぐに参加出来ない!勉強してからする何て遊びでは無くなりますもんね*だからサッカーは世界中で遊ばれているのだと思います。他のスポーツのルールからすれば非常に少ないです。最近は少しずつ増えて来まして、イケナイ方向に向かっている様な気が私はしています。しかし、ルールが全くないのも面白くない遊びになります。最低限のルールは必要です。手を使ってはいけないとか?足はダメ!などなどくらいなら誰でも直ぐ理解出来ます。キーパーだけは手を使える!と言うのも知恵を働かせています。ファールの種類も沢山ありますが、本人のプライド次第だと私は考えています。 故意なのか?故意ではないのか?そこが自分の自覚とプライド意識なのでしょう*キャンプもある意味似ています。ルールにはなくても、してはイケナイことや、遣ってはイケナイことがある!それを知るのもキャンプの意義の重要な部分ではないでしょうか?今の大人の様に、「言われてないから知らない!」とか、「書いてなかったからお前が悪い!」などは通用しません。それは即、命に繋がるからです。ルールが少ないのがクラウドキャンプですが、海のキャンプでは、少しルールを作ってあります。釣りの時の注意は特に厳しく伝えます。釣針が危ないからです。後、遊泳の時にも注意は一人では泳がない様にする!また、スイミングスクールで泳げる子は一番危ないと注意します。それは、波があると泳げない子供がいるからです。過信が一番怖い*小さな子は先生と一緒に遊ぶ!ライフジャケットも危なさそうな子供には着用させます。私の本音はライフジャケットを着させることは子供達に良くないと感じています。それは、安全な物に頼れば自覚が薄れ警戒心が無くなるからです。
自由の意味を知る
自由を求めるなら、悪いことは全て自分で受け入れなければいけません。ここを知らなければ他人のせいにする嫌な人間にしてしまう*尾崎さんの歌で、「シェリー」と言うモノがありますが、その詩の中で、「シェリー夢を求めるならば孤独すら恐れやしないよね~」とあります。何かを求めれば、きっと覚悟が必要なのでしょう?物事が変わっても、それだけは変わらない気が致します。キャンプの晩に、「先生!ボクの部屋でお菓子パーティーしても良い?」と低学年の子供が言って来ました。私は、「良いよ!」と答えましたが、おそらくお菓子を食べ過ぎたのでしょうねえ?ジュースも飲み過ぎたのでしょう?お腹が痛いとか、気持ち悪い!と言って来ました。コーチたちで介抱しましたが、辛かったと思います。本人たちは身を以って自由の悪い部分を経験しました。コーチたちから、「制限を設けた方が良いのではないか?」と、夜のミーティングで意見が出されましたが、私は飽くまでも本人が自覚することこそ大切だから、ルールは止めよう! 自分の判断で出来る様にすることが私達の役目だと信じよう*自由な部分を大切にしようと説得しました。悪いこともある*それが解れば良い!
無茶苦茶楽しいの一言
花火の帰り道で、私が初めて見る子に声を掛けました。春日井から参加している子供でした。「どうだキャンプ楽しい?」そう聞きましたら、目をマン丸とさせて、「無茶苦茶楽しい!もっと早く来とけば良かった!」と言いました。私も嬉しくなり、「そうか良かった!またおいでね*」と言ったら、素直な表情で大きく頷いていました。細かいことをあれこれ言わずに子供が遊びたい様に自由にさせてあげて良かったなあ*間違っていないのだなあ*よし明日も子供達の為に一生懸命頑張ろう!そんな気持になりました。そう言えば無茶苦茶楽しいで思い出しましたが、南グラウンドで先々週体験した子が2名居ました。4年生です。スクールが終了した時に皆の前で体験したその子達に、「今日のサッカーどうだった?」と、聞きましたら、「死ぬほど楽しかった!」と言いました。こんな気持ちを表現してくれたのは初めてでした!笑 一生懸命に遣る意義があります。 宙返り競争!頭打ったらアカンゲーム!死んでまうやろ~地震ゲーム!など他のクラブでは絶対やらないトレーニングでした!!!笑 誘った子供たちが言いました。「ボクが言ったんだよ!クラウドは失敗しても怒られないし、面白い練習だよって*先生も面白いって!」余分な事を言ってないと良いのですが・・・笑
遊びを自分たちで作り出す本当の楽しさ
クラウドの子供達は自分で遊びを作っています。よく世間で言われる「遊び方が解らない?」と聞いてくる子は一人もいません。可哀想ですね*こんな子供達は*大自然の中にいるのに*内の子供達は、ダムを作ったり、魚を入れておく池を作ったり、丸い石を探していたり、虫を探していたり、上流に探検をしに行ったり、カエルやオタマジャクシを捕ったり、浮き輪で競争していたり、バナナボートと海賊船2隻で戦っていたり、本当に自由に遊んでいました。子供同士が遊ぶ弾んだ声って嬉しくなりませんか?幸せそうな声です。人間に生まれて来て良かったなあ*そんな風にも感じます。寒いと寒いと言って、私が座る腕の中に潜り込み、体を温めては、また水の中に入って行く子供を見ながらカンガルーの親の気持ちを体験していました!笑 体が寒いことよりも楽しさの方が上回るのだなあ*何て感じました。
デッカイカエルを鷲掴み
毎年、出現しますが、またまたデッカイヒキガエルを捕まえた子がいました。本当にグロテスクでコーチは逃げ回っていました。私もイヤですが経験豊富なものですから、敢えて平静を装い軽くアシラッテいました。笑 また、オタマジャクシの大群がいまして、それを手にてんこ盛りして、頭から浴びている子供もいました!最低!☠ それじゃあオタマジャクシじゃなくて、アタマ杓子だ~!笑
川に入る時の歓喜の声
鳥居のある広い場所でバスを降り、歩いて川に向かいます。現地の人しか知らない場所ですから、殆ど車は通りません。バスが入れる道幅ではありませんから、ここから何時も歩いて移動します。最初は、バナナボートなどの荷物があるものですから、不便だなあと感じていましたが、私は歸國を観て反省して、逆にこれが良いんだ!と思う様になりました。みんなで歌を唄いながら歩いたり、話をしながら歩く!素晴らしいではありませんか*私が唄った歌に皆は大爆笑していました。「歩こう~歩こう~何処まで歩こう~みんな病気~病院に行こう~!」笑 みんな本当に嬉しそうに自然の中を歩いていました。多分それは、歩いた先に素晴らしい場所があるからなのでしょう!足取りは軽く、そして力強く元気なのです。「元気ですか!」そして私を先頭にした集団が川に着くと、「ヨーシ沢山歩いたから、川に入って良いぞ!」と言いましたら、「ギャー!」「きゃあ~!」「うら~」などと言い喜び勇んで遊び始めました。この魂から湧き上がる声と言うか、歓喜の声と言うモノを皆さんにも一回聞いて頂きたいです。凄い声なのですよ*子供たちの雄叫びですね~!
なんで猪木さんが好きなの?
ある女の子が、「なんで先生は猪木さんに似ているの?どうして猪木さんが好きなの?」と、川から山道を歩いて帰る途中に聞いて来ました。そこで私は、「そうだなあ*猪木さんは細かいことを気にしないしね!お金のことを言わない!困ったことが起きても、どってことないよ!と笑って我慢するしね*これだから出来ないとか?遣らないとか言わないもんね!自分が都合が悪くても仕方ないと言って遣っちゃうところかなあ?」と言いますと、「フーン*」と聞いていました。回りに居た子供達も何故か真剣に聞いていましたね!「良い話だ!」と、ある4年生の子供は呟く様に言ってくれました*
ヤスユキ先生の夢を見た!
帰りのバスの中で女の子の妹さんが、昨日夢を観たと教えてくれました。それがお姉ちゃんが死んだ夢を観たと言うのです!でもそこで私が登場して来て、「起きろ!生き返れ!元気ですか!」と言ったら、段々お姉ちゃんが幽霊から人間に戻った!笑 本当に面白い夢を観るもんだと思っていましたら、「お姉ちゃんが何で死んだか分る?」と聞きました。 私が、「分からない?」と言いますと、お姉ちゃんを殺したのは、私が殺したんだよ!」と笑いながら教えてくれました。 私もアルペンの向井さんも、バスの運転手さんもビックリ!大笑いでした*最低!
優しさと厳しさのバランスは難しい
高学年のある子に一生懸命優しくしましたが、それで調子付かせてしまい、次から次に変な要求をして来る様になりました。例えば、「朝早く起きたら、ロビーにあるゲームを遣っても良いか?」とか、「小さい子供たちより早くご飯の用意をしても良いか?」「オカズを一人占めにして良いか?」などです。自由にさせると、弾け過ぎて自分を見失ってしまうのでしょう!幼児返りした様な態度を見かねて諭しました。幾分か、落ち着きましたが食卓の机を叩いたり、椅子をガタガタやっていました。もうひとつ過ぎたことをすれば、真剣に叱ったでしょうね*
子供は正直
大人の言葉は信用できなくても、親が居ない時に言う子供の声は信用します。本心を言ってくれます。こちらが変なプレスを掛けなければ本音で話してくれるのです。聞き方にもよりますが・・・
大人の施しで、子供を喜ばす事全てが良いことではありません。我慢や辛抱も必要です。でも、大した意味もなくルールに従えと言って辛抱させる必要はないと思われませんか?可能性を追及すれば何も出来ない!当然、無条件に従わせることもあります。しかし、例外もあるでしょうがルールばかりでは楽しくなくなってしまいます。心と体を解放する為にキャンプに行くのですからね*バスの席はどうでしょうか?クラウドでは、バスに座る席についてのルールはありません。基本的には、子供たちに選ばせ座らせています。 その後、コーチたちが後ろ、真ん中、前に座り気持ち悪くなった子の世話が出来る様にしています。ここ数年の変化は、お母さんが子供のことを心配する余り、「前に座らせて下さい!」とか、「真ん中が良いです!」何てご意見を言われることが増えてきました。これも豊かさの産物だと感じています。しかし、私の今までの経験や感覚で申しますと、気持ち悪くなる子は、どの席に座っても同じだと思っています。それよりもバスの運転手さんの技量や、行く先の道の状態の方が影響大なのですよ*中には、「00くんの隣に座らせて下さい!」何て言われる方もおられますが、正直申しあげまして口出しし過ぎではないか?と、そう思います。誰がキャンプに行くのでしょうか? 色んな子供と触れ合い、良いことも悪いことも経験するのがキャンプの目的です。また、様々な事があるから知らない自分を知り、知らない子供とも仲良く成れるのです。楽しく行って来て欲しいと願うのは私達も同じです。一応ご要望はお聞きしますが、本当にその子供の為になるのか?と言えば違うでしょうね*親の心子知らずと言われますが、逆もある。全ての方々ではありませんが、今のお母さんは、小さいことを気にし過ぎて、また言わないと気が済まない様です。今回は、ご意見が少なかったものですから、バスに乗り込む前に子供達にこう言いました。「バスの席は自由ですから、好きな場所に座って良いです。」そう言うと、「ワーイ!」「やったー!」「ヨーシ?」笑!など大きな歓声が湧き起こり声を上げていました*楽しい時は、例え病気があっても症状は出難くなり、酔いも少なくなります。今回は、一人も車酔いで吐きませんでした。余程楽しかったのでしょう!更に、MKバスのUさんは、プロの目から観ても、非常に運転が上手かったです。凄く気を使われて運転してくれていることが伝わりました。感謝致します。運転と言うモノは、ゆっくり過ぎても、丁寧過ぎてもイケません。ある程度流れに沿って、逆らわない様に走るのが良いのです。例えが難しいですが、後ろに大きな水槽があり、その水を溢さない様に走る感じです。ブレーキの掛け方も掛けたのを感じさせない位の踏み方をされていました。運転は人柄が出ますね*良い人でした。ありがとうございました。?運転は本当に人柄が出るのでしょうか?自分自身の私を見て疑念を抱きます。
小さな自慢!すみません*
私の自慢話で恐縮ですが、私は運転には少し自信があります。大型も大型二輪免許も、自動車学校では取得していません。試験場で一発合格です。多分、小さな頃から人が運転する姿を、まるで自分が運転している様に見て練習していたからだと思います。試験中、試験官が私の運転を見ていて、クランクとS字カーブ、バックの車庫入れの時に、「ホー!」と感心する声を出していました。 それを横で聞いていまして、これは合格出来る!と確信したことを覚えています。そして免許を取得して、初めて私が大型トラックを運転した時、心配した先輩が助手席に同乗してくれました。無事故無違反で運転歴30年の熟練したプロ中のプロの方です。そして、重い荷物を積み込み、細い道で大型のダンプとスレ違う時に、私が看板や標識を数センチでサイドミラーを交わしながら通り抜けると、横で拍手をして、「あんたは巧い!もうプロになっとる*大したもんだ!」と、褒めて下さいました。その後に、そのプロ中のプロの方から、こんな訓告を賜りました。「良いか、本当のプロの運転手とは、相手がブツカッて来ても避けられる!予測をして回避しなかんのや!自分だけが安全運転をすれば良いと言うものではない。それは普通のドライバーや!本当のプロとは、どんな状況でも事故をしないのが、プロのドライバー言うんやよ*大型に乗っていれば、少し当たっただけでも、歩行者や普通車の人間は死ぬんだ!想像力と予測を何時も心掛け運転しないかんよ*」と・・・その教えは運転だけに限らず、今も人生全般に役立っています。本当にありがたい教えでした。
ルールを出来るだけ排除する
話をキャンプに戻します。クラウドキャンプには殆どルールはありません。また出来るだけ細かいルールを設定しなくても良い場所に行っています。特に川のキャンプはそうです。大自然が貸切で他の人はいません。ですからご迷惑を掛けない。また川は浅く流れも緩やかですし川幅も狭い!川下はコンクリートのエンテで仕切られています。更に、上には民家もないので水が飲めるほど綺麗!雨の後でも増水は少しです!そんな所なんです。少しスポーツの話と関連付けて話しますが、ルールが沢山あるモノは普及しないし、面白くないのが定説です。難しいルールばかりでは、誰でも直ぐに参加出来ない!勉強してからする何て遊びでは無くなりますもんね*だからサッカーは世界中で遊ばれているのだと思います。他のスポーツのルールからすれば非常に少ないです。最近は少しずつ増えて来まして、イケナイ方向に向かっている様な気が私はしています。しかし、ルールが全くないのも面白くない遊びになります。最低限のルールは必要です。手を使ってはいけないとか?足はダメ!などなどくらいなら誰でも直ぐ理解出来ます。キーパーだけは手を使える!と言うのも知恵を働かせています。ファールの種類も沢山ありますが、本人のプライド次第だと私は考えています。 故意なのか?故意ではないのか?そこが自分の自覚とプライド意識なのでしょう*キャンプもある意味似ています。ルールにはなくても、してはイケナイことや、遣ってはイケナイことがある!それを知るのもキャンプの意義の重要な部分ではないでしょうか?今の大人の様に、「言われてないから知らない!」とか、「書いてなかったからお前が悪い!」などは通用しません。それは即、命に繋がるからです。ルールが少ないのがクラウドキャンプですが、海のキャンプでは、少しルールを作ってあります。釣りの時の注意は特に厳しく伝えます。釣針が危ないからです。後、遊泳の時にも注意は一人では泳がない様にする!また、スイミングスクールで泳げる子は一番危ないと注意します。それは、波があると泳げない子供がいるからです。過信が一番怖い*小さな子は先生と一緒に遊ぶ!ライフジャケットも危なさそうな子供には着用させます。私の本音はライフジャケットを着させることは子供達に良くないと感じています。それは、安全な物に頼れば自覚が薄れ警戒心が無くなるからです。
自由の意味を知る
自由を求めるなら、悪いことは全て自分で受け入れなければいけません。ここを知らなければ他人のせいにする嫌な人間にしてしまう*尾崎さんの歌で、「シェリー」と言うモノがありますが、その詩の中で、「シェリー夢を求めるならば孤独すら恐れやしないよね~」とあります。何かを求めれば、きっと覚悟が必要なのでしょう?物事が変わっても、それだけは変わらない気が致します。キャンプの晩に、「先生!ボクの部屋でお菓子パーティーしても良い?」と低学年の子供が言って来ました。私は、「良いよ!」と答えましたが、おそらくお菓子を食べ過ぎたのでしょうねえ?ジュースも飲み過ぎたのでしょう?お腹が痛いとか、気持ち悪い!と言って来ました。コーチたちで介抱しましたが、辛かったと思います。本人たちは身を以って自由の悪い部分を経験しました。コーチたちから、「制限を設けた方が良いのではないか?」と、夜のミーティングで意見が出されましたが、私は飽くまでも本人が自覚することこそ大切だから、ルールは止めよう! 自分の判断で出来る様にすることが私達の役目だと信じよう*自由な部分を大切にしようと説得しました。悪いこともある*それが解れば良い!
無茶苦茶楽しいの一言
花火の帰り道で、私が初めて見る子に声を掛けました。春日井から参加している子供でした。「どうだキャンプ楽しい?」そう聞きましたら、目をマン丸とさせて、「無茶苦茶楽しい!もっと早く来とけば良かった!」と言いました。私も嬉しくなり、「そうか良かった!またおいでね*」と言ったら、素直な表情で大きく頷いていました。細かいことをあれこれ言わずに子供が遊びたい様に自由にさせてあげて良かったなあ*間違っていないのだなあ*よし明日も子供達の為に一生懸命頑張ろう!そんな気持になりました。そう言えば無茶苦茶楽しいで思い出しましたが、南グラウンドで先々週体験した子が2名居ました。4年生です。スクールが終了した時に皆の前で体験したその子達に、「今日のサッカーどうだった?」と、聞きましたら、「死ぬほど楽しかった!」と言いました。こんな気持ちを表現してくれたのは初めてでした!笑 一生懸命に遣る意義があります。 宙返り競争!頭打ったらアカンゲーム!死んでまうやろ~地震ゲーム!など他のクラブでは絶対やらないトレーニングでした!!!笑 誘った子供たちが言いました。「ボクが言ったんだよ!クラウドは失敗しても怒られないし、面白い練習だよって*先生も面白いって!」余分な事を言ってないと良いのですが・・・笑
遊びを自分たちで作り出す本当の楽しさ
クラウドの子供達は自分で遊びを作っています。よく世間で言われる「遊び方が解らない?」と聞いてくる子は一人もいません。可哀想ですね*こんな子供達は*大自然の中にいるのに*内の子供達は、ダムを作ったり、魚を入れておく池を作ったり、丸い石を探していたり、虫を探していたり、上流に探検をしに行ったり、カエルやオタマジャクシを捕ったり、浮き輪で競争していたり、バナナボートと海賊船2隻で戦っていたり、本当に自由に遊んでいました。子供同士が遊ぶ弾んだ声って嬉しくなりませんか?幸せそうな声です。人間に生まれて来て良かったなあ*そんな風にも感じます。寒いと寒いと言って、私が座る腕の中に潜り込み、体を温めては、また水の中に入って行く子供を見ながらカンガルーの親の気持ちを体験していました!笑 体が寒いことよりも楽しさの方が上回るのだなあ*何て感じました。
デッカイカエルを鷲掴み
毎年、出現しますが、またまたデッカイヒキガエルを捕まえた子がいました。本当にグロテスクでコーチは逃げ回っていました。私もイヤですが経験豊富なものですから、敢えて平静を装い軽くアシラッテいました。笑 また、オタマジャクシの大群がいまして、それを手にてんこ盛りして、頭から浴びている子供もいました!最低!☠ それじゃあオタマジャクシじゃなくて、アタマ杓子だ~!笑
川に入る時の歓喜の声
鳥居のある広い場所でバスを降り、歩いて川に向かいます。現地の人しか知らない場所ですから、殆ど車は通りません。バスが入れる道幅ではありませんから、ここから何時も歩いて移動します。最初は、バナナボートなどの荷物があるものですから、不便だなあと感じていましたが、私は歸國を観て反省して、逆にこれが良いんだ!と思う様になりました。みんなで歌を唄いながら歩いたり、話をしながら歩く!素晴らしいではありませんか*私が唄った歌に皆は大爆笑していました。「歩こう~歩こう~何処まで歩こう~みんな病気~病院に行こう~!」笑 みんな本当に嬉しそうに自然の中を歩いていました。多分それは、歩いた先に素晴らしい場所があるからなのでしょう!足取りは軽く、そして力強く元気なのです。「元気ですか!」そして私を先頭にした集団が川に着くと、「ヨーシ沢山歩いたから、川に入って良いぞ!」と言いましたら、「ギャー!」「きゃあ~!」「うら~」などと言い喜び勇んで遊び始めました。この魂から湧き上がる声と言うか、歓喜の声と言うモノを皆さんにも一回聞いて頂きたいです。凄い声なのですよ*子供たちの雄叫びですね~!
なんで猪木さんが好きなの?
ある女の子が、「なんで先生は猪木さんに似ているの?どうして猪木さんが好きなの?」と、川から山道を歩いて帰る途中に聞いて来ました。そこで私は、「そうだなあ*猪木さんは細かいことを気にしないしね!お金のことを言わない!困ったことが起きても、どってことないよ!と笑って我慢するしね*これだから出来ないとか?遣らないとか言わないもんね!自分が都合が悪くても仕方ないと言って遣っちゃうところかなあ?」と言いますと、「フーン*」と聞いていました。回りに居た子供達も何故か真剣に聞いていましたね!「良い話だ!」と、ある4年生の子供は呟く様に言ってくれました*
ヤスユキ先生の夢を見た!
帰りのバスの中で女の子の妹さんが、昨日夢を観たと教えてくれました。それがお姉ちゃんが死んだ夢を観たと言うのです!でもそこで私が登場して来て、「起きろ!生き返れ!元気ですか!」と言ったら、段々お姉ちゃんが幽霊から人間に戻った!笑 本当に面白い夢を観るもんだと思っていましたら、「お姉ちゃんが何で死んだか分る?」と聞きました。 私が、「分からない?」と言いますと、お姉ちゃんを殺したのは、私が殺したんだよ!」と笑いながら教えてくれました。 私もアルペンの向井さんも、バスの運転手さんもビックリ!大笑いでした*最低!
優しさと厳しさのバランスは難しい
高学年のある子に一生懸命優しくしましたが、それで調子付かせてしまい、次から次に変な要求をして来る様になりました。例えば、「朝早く起きたら、ロビーにあるゲームを遣っても良いか?」とか、「小さい子供たちより早くご飯の用意をしても良いか?」「オカズを一人占めにして良いか?」などです。自由にさせると、弾け過ぎて自分を見失ってしまうのでしょう!幼児返りした様な態度を見かねて諭しました。幾分か、落ち着きましたが食卓の机を叩いたり、椅子をガタガタやっていました。もうひとつ過ぎたことをすれば、真剣に叱ったでしょうね*
子供は正直
大人の言葉は信用できなくても、親が居ない時に言う子供の声は信用します。本心を言ってくれます。こちらが変なプレスを掛けなければ本音で話してくれるのです。聞き方にもよりますが・・・
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