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アントニオ猪木さんの話

「人間にとって思想や理念なんてものは本当に必要なんだろうか?
と思う

俺はプロレスラー・アントニオ猪木として、
また政治家・猪木寛至として、
様々な国を訪れてきた

かつての共産国の大国だった旧ソ連、
イスラム国家のパキスタンやイラク、
そして今なお、この日本とは遠い隔たりのある北朝鮮・・・

どの国へ行った時でも俺は、
その国の主義や建国理念という予備知識を、
あまり頭に入れずに向かうことにしている

必要なのは頭でっかちなデータじゃなく、
「私の想いを分かって下さい」
という情熱だと思います


だから人間同士の付き合いで、
思想や理念なんていうものは邪魔にしかならない
というのが俺の考え方だ」


やすゆき

私もそう思います
国と国のことは分かりませんが、
人は人と会う前に、他者から「あの人はこうだよ」なんて聞いてしまうと、
まだ初対面で何も知らないのに、
何も分からないのに、
そういう色を付けて観てしまうものです

第三者の情報が正しいのかも分からないのにね*

また特に歴史認識みたいなものは、
怖いなあと思います

実際は、その場で体験したことではないにも拘わらず、
コメンテーターや歴史学者といわれる、
怪しい人たちに教えてもらっただけで分かった気になるのだから

あるいは、テレビで断片的に且つ編集されたものを観ただけでも、
もう知ったような気になってしまう

報道や人から伝わるものって、
ある意図や思想が入っていると感じます

客観的に観れるのは、成熟した大人だけでしょう

事実は、現場で体験した人の話だけだと思います

思想や理念は、ある意味ウソから作り上げたものだと思うのです

自分の思想や理念なんて「無」の方が良いと思います
その方が、よく世の中や人間の心が観えるのではないでしょうか?

要するに「こだわり」があると真実は見えないということでしょう


もうひとつ私が「無」の方が良いと思うのは「宗教」です

これが厄介です

宗教に雁字搦めの人は、
他人の話に耳を傾けることはしない様です

私は、人が信じているものは尊重しているつもりですが、
「怖がらせて」信じ込ませるのはどうでしょうか?
人を欺く悪い行為だと思います

祟るとか、罰が当たるとか、
悪いことをして、己に返ってくるのは、
神様のせいではないと思う

自分のせいです



悪いことをしない為の「神の存在」なら、まだ分かりますが、
その宗教に入信させるために「脅かす」のはダメでしょう!


その人こそ「罰」が当たるんじゃ?


人は何故か、殻を作りたがります

それは「思想」だったり、「信条」だったり、
「理念」あるいは「信念」だったりします


これらは全て「こだわり」です

人間は、「こだわり」を持つと安心できるのでしょうか?
しかし、こだわりを持ってしまえば、
他者を否定し、受け入れられなくなると思う


そして、こだわりによって「柔軟」さを失います


人の心には何が必要なのでしょうね













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愛知県で活動しているクラウドサッカークラブの運営をしています。
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