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親から子へ

日本は世襲社会と言っても過言ではありません。また、それを「好し」とするのでしょう?天皇制、政治家然り、大企業のトヨタさえそうです。世襲が全て悪いのでしょうか?善いとも悪いとも言い切れない部分があると思いますが、ただ「権力の継承」ということになると如何なモノでしょうか?よく外国の権力者の世襲を日本のメディアや評論家が批判するのですが、自国の足元を見ないで他国を批判するのは、恥ずかしくはないのですかね?日本国首相も世襲になってしまいました!本当にビックリです。この様な国の形?仕組みで良い国創りが出来るとは、到底思えません。お爺さんの代や、お父さん、伯父さんと、様々なシガラミが生まれている筈ですから、国民の為に何かしようとしても、中々断ち切れないのではないでしょうか?助け合いは勿論必要ですが、その為に様々な問題が起こった時には、足枷になることは想像に難くありません。

帽子屋の若社長

何かの番組で、老舗の帽子会社が倒産?廃業するプロセスがやっていました。三十代前後の如何にも今風の若社長が倒産するか、廃業するのか?と危機にも拘わらず、平然と装っていて大した者だなあ?と感じていました。従業員の方々が、数十年その会社に身を捧げ、一生懸命真面目に勤めてこられたことが、私には一目で分かります。若社長を見た目で判断してはいけませんが、デッカイ指輪をして交渉に臨む姿や、場合によっては自宅を差し押さえられてしまうことを先代の父や家族に伝える時にも、淡々と足を組みながら話す姿は、正しく苦労知らずの「ボンボン」に映りました。親の教育が悪かったのかも知れません?失礼ですが*結局、会社のビルが一億で売れた為に、倒産は免れて廃業になりましたが、従業員は全て解雇です。最後の朝礼の時に、若社長が挨拶を述べるのですが、何かシラケタ雰囲気を私は感じました。第一声が「この朝の朝礼に参加するのは久しぶりだけど・・・」若社長は出ていなかったのだな?朝礼と朝の体操は、この会社の伝統だった筈なのに、参加していないとは・・・きっと従業員の方達は、距離を感じていたのではないでしょうか?最後の仕事が終わり、帰宅する社員に話しかけても、何も未練は感じられませんでした。「仕方ないですね、また仕事を探します」と、何とも言えない後ろ姿で帰って行ったのです。ついこの間、俳優の緒形さんが亡くなりましたが、追悼番組で「帽子」というドラマがやっていました。普段、ドラマを余り観ない私ですが、広島が舞台ということと、純愛が描いてありましたので、ついつい見入ってしまい、とても感動しました。しかし、帽子という共通の物が、この若社長と繋がらなく、ドラマと現実のギャップがより一層寂しい気持ちにさせたのかも知れません。番組の最後で、若社長の新たな一歩ということなのでしょう?今風の小さな店舗を開き、今風の帽子を並べ売ってる笑顔の若社長を見て思いました。何だ?こういうことが用意してあったんだな!私は人間にとって「働く姿が一番美しい」と死ぬまで信じたいと思いますが、若社長の働く姿を観ても、美しくは映りませんでした*商売とは、一体何でしょう?一緒に働いてくれた人間を、大切に想う気持ちを持たずに上手く行くのでしょうか?大切にしても裏切られることはあるのでしょうが、人は「ヒト」ではありません。字の如く支え合って行くモノです。また、人の後ろには親や兄弟、家族、恋人、子供、祖父や祖母もいる訳です。戦争と同じ様に、人を殺すことに慣れてしまうと、その後ろにある背景が見えなくなるとよく言われますが、商売も目先の損得や利益に囚われ過ぎれば、人間らしさを失い「曇った目」になるのでしょう*自分さえ良ければと・・・

二代目

私は、武田信玄の息子「武田勝頼」のことを少し勉強したことがあります。偉大な父を持った二代目が、どういうプロセスで滅亡して行ったのか? また、世間が「二代目は会社を潰す!」何てよく言うものですから、どうしてなのか?ただ単に何の苦労も知らないからとか、裕福で意のままになる!という表面的なことだけではない、真の理由が何なのか知りたくて沢山本を読みました。しかし、本も色々で、その作者によって事実やニュアンスが変わりますから、全てをそのまま鵜呑みにしてはいけません。自身の想像力や経験知、人間の性などを推し量った上で私なりの仮説をしたのです。間違っているのかも知れません? そして想い至りましたことは、多分、勝頼という人物は、能力の非常に高い優れた人物だったと感じています。ただ、無理をして偉大な父を超えようと必死になり、周りが見えなくなって行ったのではないのでしょうか?大国を統治する為には、武勇を示して強さを知らしめなければなりません。また、二代目に対し周りは直接口には出さないでしょうが、厳しい目が向けられていますので、勝頼自身もより一層強く感じていたと思います。自分は側室の子供だからとか、諏訪の出身という負い目も多大に影響したのでしょう?強さと優しさを合わせ持っているが故に苦悩し、罠や裏切りに遭いながら人間の醜さを知り、誰も信じられなくなって行きました。更に最後は、身内のみを信じて逃亡しますが、その身内でさえ裏切ったのです*勝頼の最後は、天目山で精魂尽きるまで必死に戦い自害しましたが、どんな心境だったのか?その気持ちを考えますと本当に可哀想です。人間は、自身が追い詰められれば、どんなことでもするのでしょうか?儚いですね*私は利口になることよりも、「バカ」でいたいと思います。裏切ってまで生きたいとは思いません。少し話がズレて行きましたが、二代目という者に対して、何時の時代でも民族を越えて、世間の目は厳しくズッコケルことを期待するヤラシイ部分?ヤッカミがあるのです。嫌いな言葉ですが、「他人の不幸は蜜の味」「隣の家に蔵が建つと、腹が立つ」などなど、聞くに堪えない言葉が沢山ありますよね!もしかしたら、権力者や成功者、二代目だけに限らず一般庶民でもそうかも知れませんが、人が失敗したり崩壊する事に、喜び見たいなモノを感じるのは一体何でしょう?人間ほど美しくもあり、醜く恐ろしい生き物はいないかも知れませんね* グットウィルの社長、丸明の社長、ライブドアー、吉兆、など寄ってたかって虐め、廃業若しくは辞任にまで追い詰めます。昨日も、人間は恐ろしいと感じるニュースがありました。鳥インフルエンザを警戒して、ウズラを27万羽殺すとのことでした!ナントいうことをするのでしょう?命の重みが全く感じられません?どうして日本野鳥の会や動物愛護団体は何も言わないのですかね?オオタカなどの希少動物には反応が早いのに、沢山いる鳥達には冷たいものです。本当にオカシイ?少なくなれば大切で、多い動物には無関心!そして、人間に少しでも危険が及べば大量虐殺する*悲しい限りです。ウズラを家畜する叔父さんが言っていました。「病気じゃないのに何で殺さなければいけないの?」と***随分話が脱線してしまいました。昨日、このニュースを聞き寝付きが悪かったものですから、つい書いてしまいました。元に戻します。過去の歴史を遡れば、構築と破壊を繰り返すのが人間なのかも知れませんね?創り上げたら壊し、壊したらまた創ると・・・人間の本能でしょうか?話は飛びますが、何時もテレビレポーターや記者を観る度に落胆してしまいます。全く品がない*どうでもよい質問内容や棘のある訊ね方は、人間の醜い部分を曝して、世の中を暗く陰湿にしてしまいますので、本当に考えて貰いたいものです。テレビ局の品位が問われないのでしょうか?監視委員会?テレビ倫理何とかの皆様にはモラルや規範、品格を問うて欲しいと思います。横綱より、質問する側にも目を向けて問われるべきだと考えますがどうでしょう?

小泉元首相は三代目

小泉元首相は、人気のある政治家で私も少し好感を持っていますが、最後の「息子を後継者」にしたことは、ガッカリしてしまいました*中曽根氏などの長老に対して行った処置と、世襲を行うことの弊害は同じだと私は思います。従って、他人様には厳しく身内に優しいのは、どういったことなのでしょう?矛盾を受け入れたい私であっても、この矛盾は明らかに可笑しいと感じます。「親の気持ちも分かって欲しい」「日本は世襲が好きなんです。」などの発言は、明らかに十把一絡げで何でも一緒?日本国民の行く末を決める政治と、00商店も同じということですか?気概のある方なのにどうしてそうなるのか残念です。

中川氏も二代目

中川元大臣の記者会見を観て失礼ですが、私は笑ってしまいました。でも、直ぐに笑って居られなくなったのです。それは、奥さんや子供達のことを考えたからでした。「余り虐めないで欲しいなあ*」が本音です。繰り返し、繰り返し流れる場面を見る度に、「学校や会社で虐められないだろうか?」と心配が募って本当に気の毒に思います。確かに世界中に恥を曝してしまいましたので、本人は責任を取らなければなりませんが、子供に罪はありません。もうこれ位にしてあげて欲しいと思います。日本のメディアも、ある事を叩き出すと執拗に責め立て、これでもかとやっつけてしまいます。ペンは剣よりも強しと言いますが、テレビは本当に恐ろしいと感じます。究極のイジメ?ジャーナリストの事実を伝えるという使命は分かりますが?事実の裏側や周りに及ぼす影響も少し配慮して頂きたいですね*愛と申しましょうか、慈愛? 人間としての優しい心を持って報道して欲しいものです。権力と戦うものが、権力になってしまっている気がします。ミイラ採りがミイラになっていないでしょうか?中川さんを庇っているのではありません。二代目の政治家なんてこんなものですよね?分かりませんが???以前から自分で偉くなった様な振る舞いや、発言が聞かれていましたから、何時か失言をしてしまうのではないのかと思っていました。しかし、その方を選ぶ国民がいる訳ですから、私達一人一人に反省が求められています。そう考えないと何時まで経っても良くはなりません。

欧米化はまだまだ!

欧米では、父は父の、子供は子供の個を重んじます。親がこの職業をしているから、子供にもその職業に就かせ様とは考えません。何故でしょう?きっと大切な意味がある筈です。以前に、ジュビロ磐田のウ″ァン・ズアムさんのご子息を御預かり指導させて頂きましたが、その時の会話の中で印象に残っていますことは、「私がサッカー選手だからといって、息子もサッカー選手にしようとは思っていない」とおっしゃっていました。私も「同感です。子供は子供ですよね」と伝えました。本人の意思を心から尊重していることが分かります。「子供の意見を尊重したい」は、保護者様からよくお聞きするお言葉ですが、大抵はご自身がお決めになられたことだと察しています。何故なら、私が客観的に保護者様のいない所で尋ねますと、違う答えが返って来るからです。笑 また私が聞かなくても、子供たち同士の会話から自然に伝わり本音が聞こえて来るのでした!子供というものは、聞き方によって様々に意見を変えて行くものです。親や大人の表情や雰囲気を感じ取り、それに沿った形にしようとします。生きる術と申しましょうか?子供なりに知恵を働かせるのでしょう?言葉を正確に遣うことが、まだまだ出来ないので感覚がそれを補っていると考えています。日本は欧米を見本として個性を認めようとお経は唱えますが、魂は入っていない気がします。自立心を養うとは、ある意味大人や親の意見に背いて行くことなのかも知れません?「個性を伸ばし、自立心を養う」という言葉に対して無常感を感じる私です。

親の指導放棄

前述の「子供の意見を尊重する」で思い出しましたので、少し話させて下さい。この「尊重する」を違う角度から見てみますと、「親が子供の教育を放棄」しているとも考えられませんか?普段はこんなことは申し上げませんが・・・クラウドでは、退部、入部を繰り返すことは、教育上好ましくないと言う意味に於いて、特別なことがない限り認めない姿勢を取っています。しかし現実には、そういう相談を受ける時もあるのです。自分で辞めると言っておいて、またヤリタイと言う?子供ですから、仕方ない部分があるとしても、そこで親が注意?諌めなくて、いつ教育するのでしょうか?「あなたは、今恥ずかしいことをしようとしている!自分でヤリタイと言って、直ぐに辞め、また入りたいと言う!!!どんな顔をして行くの?自分のしたことをよく考えなさい*」 私達も、一人一人を出来るだけ見て、将来を見据えた指導を心掛けていますが、全体からすると指導のほんの一部にしか過ぎません。親の教育がベースに無ければと申しましょうか?やっぱり車の両輪だと思いますので、バランスを見ながら協力してください。

猪木二世?

猪木二世と言われ続けた人に、藤波辰巳という選手がいました。ある時、記者が猪木さんに「藤波選手は猪木二世に成れますか?」との質問を受けこう答えられました。「猪木二世ではなく、藤波は藤波だと思うのです。誰も猪木には成り得ないし、藤波にも成り得ない。藤波は藤波として頑張って欲しい」と・・・立派な考え方だと思います。

親の思いと子の想い

唐突ですが、スポーツをさせれば人として正しい道を歩め、良い人間に育つということは全くありません。今現在の環境なら尚更で、自信を持って言えてしまいます。私を自己否定する様なことですが真実です。私の場合は、自己を否定することから始めないと自身が見えなくなりますから、出来るだけそうする様に心掛けているつもりです*戻します。その理由を少し話しますと、相手をバカにした戦い方をしたり、勝ちのみに囚われロボット化される子供達を見たり、更に小学生の幼い時期から、選別され「上手」「下手」で区分し、大人の「勝ち組」「負け組」かの如くのことを平気で行っているからです。また一部の保護者様も、その勝ち組に乗っかろうと必死になり、子供や周りの気持ちを無視して手段を選びません。このクラブである程度上手くなったから、もうそろそろ強いクラブに移った方が良いのでは?何て考える反少年スポーツ精神と申しましょうか? 計算高く大人の醜い部分を露呈し、子供達に見せてしまうことを厭わないのです。残念ながらクラウドでも沢山そういう親たちを見て来ました*また、こんなこともありました!お兄ちゃんは勝利第一主義の有名クラブに行くから退部させ、弟は留まりたいと言うのです!!!勿論、考え方の違いから辞められるのは自由です。何もクラブか云々とか、私の心情が云々と申している訳ではありません。お考えが違うのに「弟は残したい」と言う?その裏側には利己的で計算されたモノが見え隠れします。これは、親が子供に見せるべき姿ではないと思います。「今まで一緒にやって来た仲間のことよりも、オレさえ良ければいい」は将来間違った判断をする大人になってしまいませんか?親であれば「人間としてどうあるべきか?」は、一番子供達に伝えなければならない基本中の基本だと考えます。しかし、このやり方は「親の教育的配慮の欠如」だとある指導者は教えてくれました。本当にスポーツをさせて何をなさりたいのか?自分達さえ良ければよいのか!と、問いたい気持ちになります。今まで一緒にやって来た仲間やコーチのことなどは、タダの通りすがりで、すれ違う位の存在なのでしょうか? 人生は積み重ねの連続だと思います。ゲーム感覚のリセットが出来るほど安っぽくはない筈です。人との係わりを軽く簡単に断ち切ることを教えてしまってよい筈がありません。そんな時、私は何時も悩み考えさせられ情けなく、子供達に申し訳ない気持ちになります。クラウドでは過去に、こんな経験をしたことが何回もあります。つい最近でも、他のクラブに移籍した途端、クラウドの事を馬鹿にするのでした!何年も在籍して、毎日の様に楽しく通っていたにも拘わらず、手の平を返して「練習がタルイから」とか、「クラウドは弱い」などの言葉を浴びせたり、陰口を聞かされます。この子は親の言っていることを真似しているだけだから罪はないと思うのですが、そういったことは必ず無意識に継承されてしまいます。子供は子供なりに、きっと言ってしまった罪悪感があるのでしょう?私を見て隠れたり、ワザと知らない振りをして通り過ぎて行きます。そんな肩身の狭い思いをさせてしまうのは誰のせいでしょうか?その子が大人に成った時、ある会社で働いていても、退社すれば悪口!異性とお付き合いしていても、別れたら直ぐに悪口を言う見っとも無い大人にならないとよいのですが*悪口を言えば言う分だけ自分が穢れて行くことが解らないのでしょう?不幸なことにきっと親が教えられないのです。正しく生きて欲しい!少しでも向上心を持って頑張って欲しい!悔いのない人生を歩んで欲しい!と、親が心から願えば、考え方や行動も将来を見据えたモノにきっとなるのでしょう!ちょっと躾のことで話させて頂きますが、親の思いと子の想いの違いを、もう少しある本から抜粋してご紹介しますと、親が望むことと、子どもの感じていることには、物凄く開きがあるという例えです。先ず親が考える「良い子」の定義は何でしょう?またその意味は、どんな人間になって欲しいと思っているかということです。子供を導く為には、躾が肝要ですね!ではどんな時に叱ってもよいと考えますか?の問いかけに、1.危ない事をした時。2.他人に迷惑をかけた時。3.ウソをついた時。だそうです。しかし、子供に叱られた理由を尋ねますと、1.親の言うことを聞かなかった時。2.口答えをした時。3.八つ当たりされた!笑 と答えました。こういった建て前と本音は何も親ばかりではありません。私達、コーチや監督も同じなのです。 正しい道を歩ませる為の躾が、大人の気持ちをよくさせる為になってしまっているのです。指導者の言う通りに行い、指導者が考えているプレーをし、そして結果を出せば満足なのでしょう*大人は従順な姿こそが「良い子」「良い選手」なのです。私は、言葉使いや敬語がしっかり話せ、周りの事にも気を配れ、自己判断で言われなくても自分から勇気を持って行動出来る!そんな選手が良い選手だと思っています。

継承して良いこと

親のエゴを子供達に見せ継承させて良いのでしょうか?エゴから離れ、他人様や周りを重んじる考え方こそ継承して頂きたいものです。先月の試合で、1年生の試合がありました。その時に「反則やファールをして勝っても嬉しくないし、本当に勝ったと言えないんだよ!だから言葉で攻撃したり、足を蹴るのは止めよう~」と伝えフェアプレーという言葉の意味と精神を真剣に伝えました。その話を聞く子供達の目や頷く姿勢は、本当に心が通じた気持ちになれたのです。子供達の輝いた目は脳裏に焼き付いています*伝承してくれます様に☆その後、クラウドの子供達は素直にフェアプレーに徹していました。でも相手は一年生ですから、こちらがそうでも、相手は別です!笑 ハーフタイムでベンチに帰って来ると、「バカって言われた」「死ねと言われた」「ウザイだって」「ケラレタ」と不満そうに引き上げて来ます!笑 私は「皆は悪口を言わんし、足を蹴らんかったからカッコイイ!あの子達もその内に気が付くよ!ガマン、ガマン*」と伝えました。自由に伸び伸びと自分を表現して、一人一人戦いの中で自分なりに工夫して行く過程が、とても嬉しく逞しさを感じられました。良い試合だったと思います。

学校の先生やお医者様も世襲?

私の親戚に偶々医者がいます。同世代で同じ歳なのですが、幼い時から勉強勉強に明け暮れて少し可哀想でした。お盆になりますと、母の実家に遊びに行き、私は近所の子供達と田んぼで、カエルやザリガニを獲って日が暮れるまで遊んでいたのですが、その子は殆ど家の中で勉強していたと思います。私とは、まるで正反対でした!私の顔は、真っ黒け!その子は真っ白け!私は大雑把!その子は整理整頓!笑 感じた時にはもう行動している私に対して、じっくり考えてから行動する嫌な子!笑 カメ見たいなやっちゃなあ?お前は幼虫か?笑!と、私は感じていたことでしょう?とにかくセッカチで、何でも早くヤリタイ私は何時も我慢出来ないのです。アハハ 例えば、ザリガニの家を作ろうと皆で思い立てば、じゃあスコップを持って来て準備しようとする賢い彼がいる横で、もう手で作り始めているバカな私*清潔な彼が泥が付いたと洗う横で、泥を顔に塗りたくり「土人」と言って喜ぶ私!泥が乾きひび割れてくると大魔神と言って皆を笑わかせ!その後に手で払うとツルツルになれた!と本当に感動する変な奴*その傍らで呆れる彼!そんな感じだったと思います。運良くその従兄は世襲ではありません。でも医者になる目的が私からすれば、受け入れ難い様なことに感じていましたので、余り善いこととは思っていませんでした。しかし、大学病院を辞め開業医になった時、お祝いに行きましたら、お年寄りが沢山待っておられました。陰からそっと見ていますと、一人一人丁寧に丁寧に優しく診療治療している姿に感動しました。何処までも真面目な姿勢が患者さんを呼び、待合室は何時も一杯なのだそうです。子供の頃、少し嫌な奴だった印象がスーと変わりました。医者も利益主義に走れば幾らでも出来てしまうのに、そんなことは一切しないと申していました。身内を褒めることはしたくないのですが、ただただ真面目なだけだと思います。医者の息子は医者になり、教師の世襲も多いと聞きます。先ず医者ですが、お金が掛かり過ぎますね!お金持ちしか医者に成れない国に誰がしたのでしょう?国の威信を懸け変えて欲しいと思います。次に教師ですが、実は、教師のことは余り申し上げたくはないのです。以前、お付き合いをしていた女性が高校教師だったことと、そのお母様も高校教師だったからなのです。アハハ!そのお母様は教師という肩書よりも、人柄がとても素晴らしい方でしたから今でも尊敬しています。ある時に飴を私に分けて下さろうとして、直ぐ後ろを振り向けば渡せるのに、態々横の通路をグルッと周り、正面を向いて両手で手渡して下さいました!涙 そんな素晴らしい心ある先生だったものですから、非常に申し上げ難いのです*世襲が嫌いな私ですが、身近で接して見ますと「少し位、世襲も良いかな?」と思う様になりました!笑 矛盾ですが、人間ですからこんなもんです*世襲、世襲と一括りにせず、その人物次第と言うことでしょう!きっと親の教育が一番大切ですよね*

カエルの子は蛙

「カエルの子は蛙」と言います。「トンビが鷹を生む」何てことも言われますね!どちらか分かりませんが、親が子供以上に一生懸命になり、熱を入れることは健全ではない気がします。親の顔色ばかりを気にしながらプレーする姿を見る度に「可哀想だなあ*」と感じます。自身で困難に立ち向かう姿勢を学んで欲しいものです。先日も、ニュース番組でこんな場面を観ました!それは、あるドッチボールチームの大会と練習風景を映した番組なのですが、怖く厳しい女性監督の下、子供達や親が?頑張っていました!多分、監督が必死で勉強し考えられた戦法なのでしょう?子供達は気持ち悪いくらい一糸乱れぬ動きでした!個性は全く感じられません*同じ様に振り向きながら下がり、相手がボールを投げるタイミングで膝を着いて構えます!!!ロボットの様に*大人が思う様に動かし戦わされていたのでした。親は、ハッピに鉢巻と涙を流し応援しています。観てはイケナイモノを私は見た気がしました!笑 リモコンロボット化された子供達は、何の疑いもなく言われるがまま従っています。大人に罪悪感はないのでしょうか?大会の試合で負けた時、少し監督さんの表情から罪の意識見たいなモノを感じましたが、何処までどうなのかは分かりません。相手の静岡のチームは一人一人がとても個性的で自分の長所を存分に発揮して、伸び伸びプレーしていました。観ていても楽しかったです。愛知県では無敵でも、一歩県外に出れば弱い!サッカーと似ています*ガックリ*勝つ為のマシンはマシンでしかなく、瞬間瞬間の創造性や即応性には勝てません。「個性を大切に」という隠れ蓑の陰で、指導者や親が意のままに動かそうとしてはイケナイのです。その子の運命や自由を奪ってはなりません。世襲であろうが、畑違いであろうが、本人が決めて進んで行くのでしょう!最後に私が一番心配と申しましょうか?大丈夫かなあ?と考えますのは、やはりマスコミの取り上げ方です。どんなお考えで取材し、映像を流しておられるのか解りませんが、変な価値観や考え方を助長させることに繋がることを、今一度、再認識して欲しいと切に願います。マスコミの力は本当に大きいですよね!

*お知らせと訂正

昭和のタイトルで「損得勘定」の話がありましたが、その中でケビン・コスナー主演の映画のタイトルが間違っていました!ベースボールドリームではなく、「フィールド・オブ・ドリーム」でした。訂正しお詫び申し上げます。私の友人の様に怒らないで下さい*笑
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愛知県で活動しているクラウドサッカークラブの運営をしています。
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