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普段「生きている」
という実感を感じておられますか?

私を含め殆どの方が、
何となく過ごしているのではないでしょうか?
生きてて当たり前と思っていますので、
気が付きません


ではどんな時に「生きている」と感じることができるのでしょう?

私が思いますのは、
命の危険が迫った時や、命の危険から脱出した時だと思います

軽いもので言えば「お化け屋敷」や
「ジェットコースター」などがあります

その後の解放感は、言葉では説明できないモノがある

命の危険があるかも知れないという緊張感

山登りや川下りもそうでしょう

男女の愛情の中にも見たことがあります

「愛の流刑地」という映画で、
その中の女性が初めて人を好きになり、
愛し合っている時「生きている実感を感じる」と言っていました
おそらく禁断の愛だったからでしょう

動物を観ていても感じたことがあります

家出したネコを探し回り、
一か月が経ち、もうダメかなあ?と・・・

そうしたら真夜中に帰ってきました
ガリガリに痩せて嗄れ声
ふたりで抱き合うと生きているという実感がありました

また鳥が死にそうになり、
医者の手当てで助かった時も同じ様に感じました



私が一番たくさん生きている実感を感じる時は、
「バイク」に乗っている時です

バイクという乗り物は、危険と隣り合わせで、
いつ事故をしてもおかしくありません
そして車の事故とは比べ物にならない
少しのことで命を落としたりします

白線を踏んで滑ったり、
キャッツアイで転倒したり

また急に車が飛び出して来てぶつかったり、
人を避けて電柱に衝突したり、
車に吹っ飛ばされて数十メートル宙に舞うこともあります
トラックとぶつかれば即死です

アスファルトに叩きつけられ、
半身不随になったり、
また頚椎を折りますと、
首から下は一生動かなくなります

実際、私の身近にもバイク事故で、
二名ほど下半身不随や全身が動かなくなった人がいます

あっ!もう一人はインターチェンジで、
カーブを曲がり切れずに亡くなっています

じゃあそんな危険なバイクに何故乗るのか?
そう質問されると困るのですが、
「ただ好きなだけ」
好きなものに理由はないのです

私の場合「走り屋」とは違いますので、
コーナーを攻めたりはしない

しかし命の危険はあります

そうして考えると、
生きている実感とは「命の危険を感じた時」なんだなあと思う

十五年くらい前の話
キャンプで福井県の方に行った時、
夜、一人のコーチが年長の子を連れて来ました
両手には荷物を持ってた!
私は、お母さんが恋しくなって帰りたいと言っているのかなあ?
と思いましたら違った!
「ヤスユキ先生と一緒に寝たいと言ってます」とコーチ
その横でニッコリ笑う子

なんだそんなことかー!笑

私が荷物を持ち部屋に招き入れ、
しばし私のジョークで盛り上がりました
コーチたちとのミーティングが始まりますので、
その子にその旨を伝え「待っててね*」と言ったのに、
部屋に戻ると「いない」
何処にもいない
旅館中を探してもいない
外の海辺を探してもいない
トイレ、洗面所、各部屋、すべて必死に探し回りました
汗ダクダク

一度両親に電話を入れたのち、
またコーチ総出で探そうと思って部屋に戻ると、
なんとタンス裏の隅の座布団の上で丸まって寝ていました*

見つけた瞬間、
鳥肌が立ち、一気に安堵したからでしょう
どっと涙が出ました

本当に生きてて良かった

翌朝、その子が起きたので、
私が「ヨシ!歯を磨いてヒゲ剃りに行くよ~」
と言うと「ぼく、まだない」と言って笑っていました






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