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先輩との別れ

二日前に、20歳年上の先輩が永眠されました*とても優しい方でした。 亡くなる一日前に、「危篤」の連絡が入り、ご自宅に駆けつけましたら、奥さんがビックリするくらいの元気を取り戻し、私と沢山話をしてくれました。きっと、私を安心させる為にそうしてくれたのでしょう!元気な姿を最期に見せておこうと・・・

両手で*

私が部屋に入ると、両手を差出して手を強く握ってくれました。手には点滴の後が痛々しく、紫色に変色していました。私は、その手を撫でながら、「痛くない?」と聞きましたら、「今は全然痛くない!」と返事をしてくれました。「もう頑張らんでも良いですよ!」と言い掛けましたが止めました。奥さんが少し居なくなった時に、私は素直になれて、「今まで本当にありがとう*一度も見返りを求めないで色々してくれた!ありがとう*」 そう言いましたら、「何を言っている?お互い様じゃあないか?」と、言いつつ右の眼だけから涙が流れていました。 何度も何度も、そっとタオルで涙を拭いてあげましたが、その度に涙が次々と溢れて来ました。死を前にしていながら、三人で冗談を言って悲しみを堪えて笑い合いました!また明日も来るから・・・そう言って帰りました。その方の涙を見たのは初めてでした。

元気に見せてくれた

帰り道の車の中で、「クソ!クソ!」と大声で叫びました!良い人ばかりが先に逝ってしまう?言い知れぬ悔しさが込み上げたのでしょう。オレも死ぬ時には、皆を笑わせて死にたいです。いや、一人で死にたいなあ?と考えながら自宅に着きました。

最後にしか言えない事

男同士ですから、気恥ずかしくて中々本音を打ち明けられませんでしたが、死を目前にしますと、恥ずかしさも消えて素直に言えました。思い出しますと、私が幼い頃、保育園の帰りには必ず母と車で、結核で入院していた祖父の見舞いに行ったものです。その時、母がよく、「やすゆき*お爺ちゃんに早く良くなってと言いいなさい*」と言い聞かされていましたが、恥ずかしくて一度も言えませんでした。傍に寄って手を握り、手の甲のシワを撮み、軽く歯で噛んで、「痛くない?」と、訳の分からないことばかりしていました。何故、そんなことをしていたのか自分でも解りません?優しい言葉は一言も掛けてあげられませんでした*よくお爺ちゃんと喉の通りの良い、卵かけご飯を一緒に食べていたことを思い出します。

中学から働いていた!

今の時代とは全く違い、昭和20年~40年代の頃は、まだ皆貧しかったです。しかし、一生懸命体力を使い働いていました。そして、助け合い、何処の子供でも可愛がってくれました。 亡くなってしまった先輩も、子沢山の家で生まれ貧しかったです。中学生の時からスコップを持ち、お兄さんが働いていた鉱山に出かけて行き、家計を助ける為に懸命に働いていました。そのお蔭で山の事にとても詳しくなり、特殊車両の運転も人一倍巧くなったそうです。これは性格もあるのですが、仕事が丁寧で綺麗でした!その中でも、押しブルと言う大きなブルトーザーの運転は日本一だったのではないか?そう思わせるくらい上手でした。ただ土を押したり、山を削ったり、道を造ったりする工作機械車両ですが、運転は一番難しいと思います。また、そう言われてもいます。何故なら、単純な動きしか出来ない機械なのに、微妙で精妙な事を求められるからです。 道を真っ直ぐ造るのは結構難しいことなのですよ!また僅かに傾け、道やダンプカーが壊れない様に工夫する。雨が降っても水溜りが出来難い様に、水が緩やかに流れる様に造るのです。どちらに水を流せば良いのかも考えなければいけません。どの様に山を掘り開発して行くのが安全か?水の事と、鉱物の範囲を考えて作業を行う!この様な事を「段取り」と言います。土の性質や、硬度を排土板から伝わるレバーの振動を指で感じながら操作し道を造るのです。傾いた道も一度で直してしまう!削り過ぎず*削らなさ過ぎずにね*丁寧も難しいのですが、早く仕事を済ませるのも腕次第なのです。その年代の瀬戸市の人々は、全ての人がと言っても良いくらい何か陶器に携わる仕事に従事していました。大袈裟ではなくて!

鉱山の仕事

日本には資源がありません。石油もなければ、天然ガスもない!金、銀、銅、鉄、ダイヤモンドもない!あるのは、コンクリートの原料になる砂と石、陶器類に使う粘土、ガラスの元となる珪砂など、そんな物です。今は、中国や韓国、ベトナム、タイなどの安い物が原料として入って来ていますが、日本に原料が無くなれば、その安い原料も高騰します。そして、物の値段も跳ね上がるのです。自然を大切にするのであれば、今の日本人の便利なライフスタイルを変えないといけません。自動車には、フロントガラスに沢山の珪砂が使われていますし、テレビの液晶画面もそう、エコと言われている太陽光のパネルには沢山の国産珪砂と中国産の珪砂が使われています。日本にある内は安く輸入出来ますが、日本の開発が出来なくなり取れなくなりますと、足元を見られて値を上げて来ます。中国だからそうなるのではありません。無ければ高くなり、あれば安くなる魚や野菜と同じです。生活の中にも、便器や洗面所には、質の良い日本産の粘土も沢山使用されているのです。INAXの製品やTOTOなどなど・・・資源は自然の中にある。鉱物を利用しようとすれば、自然を破壊しなければなりません。外国の自然破壊は容認するのでしょうか?観えないから気にしないのでしょうね?日本の悪い習性です。戦争以来変わっていませんね!自分の国は、便利を望み、また、それらを享受しながら自然を大切にするのですか?解りません!日本の自然は大切?外国の自然破壊は良い?解りません!物作りの日本と小さな胸を張りますが、資源や材料がなければ物は作れませんよ!正しく、それは地域エゴと言うではないのでしょうか? 自分の庭先は自然を大切にして、外国に対しては、自然を壊しても良いから、安くて良質のモノをよこせ!自然がどうなっても外国だから良いや?それはないでしょう!私の好きな、アムールトラが住んでいるロシアは森林開発が無計画に行われて大変なことになっています。その木は殆どが日本に輸出されているのです。 日本の住宅に使われている!人の庭先は汚して無茶苦茶にし、自分の家は外国製の木で綺麗に建てて貰うのです。安く木材は欲しい!でも高いお金は払いたくない?人間はどうしようもない生き物ですね*日本の言う、自然保護や、生物多様性保護?コップテン何てマヤカシに過ぎないと私は何時も感じています。だったら生活スタイルを変えなさい!高くても国産を買いなさい!自動車を捨てて、電気も捨てて、江戸時代の様に暮らすのですね*自然保護団体や環境保護団体は皆嫌いです。嘘ばかり*その代表者は、大学を辞めた先生が非常に多いのです。大学時代の研究では、大企業と手を組んで、自然に悪影響を及ぼす様な物を科学的に作り、様々なモノを開発していながら、辞めた途端に自然保護?環境保護を唱える?その団体が開発業者に寄付金を求めてくるのですよ!活動費欲しさに*二枚舌と言うことです。 勿論、全ての大学教授ではありませんが・・・良い人も沢山お見えになると思います。確かに鉱物資源の開発は自然破壊して開発しますが、植林をしたりすれば、また再生してゆくのですよ*自然の力は凄いものです。十年もすれば、また草木の覆われます。本当にイケナイのは、人間が作り出した化学物質を使って何かすることの方が余程取り返しの付かないことになるのです。原発然り*  大学教授と言えば、私の中学の同級生も大学教授です!それも東大です。部活もサッカー部で一緒にやっていました。 今は、狂牛病の研究をしています。本当の彼の夢は、獣医になりたかったのですが、大学に残り学者の道に進んだのです。頭が良く、性格も良いです。同級生の中では、一番立派な地位になりました。その内にノーベル賞でも貰うかも知れませんね?人類の為に頑張れ*

ブルドーザーとパワーシャベル

子供の時から、戦車が大好きだった私は、こう言う工作機械が大好きでした!それは戦車に良く似ているからです。だから、クレーン車以外は全て運転出来ますし、結構腕にも自信があります。初めて乗ったパワーシャベル(ユンボ)も、一週間も掛からずに乗れる様になりました!皆もビックリ!笑 何でも自分が運転操作出来る大きな物が大好きでしたからね!早く運転出来る様になるのは、執着心が人一倍強いのが幸いしたのでしょう!

自然破壊と人間の繁栄

一番環境に良いことは、昔に返ることだと思います。ガソリン、自動車、クーラー、冷蔵庫、テレビ、携帯電話など、便利なものを全て捨て去ることが、地球の環境を守ることだと思います。 小手先で色んな事をしても、焼け石に水です。損得を捨て、本音で議論しないと問題の解決はないと思います。

資源のない国の資源

資源のない国の日本は、輸入に頼っています。その原料が高くなれば、製品自体の価格に影響するのは当然で当たり前です。何時かデフレがインフレに変わることでしょう!物が高くて買えなくなります。日本の経済金融破たん!日本産の原料不足!インドやタイ、ブラジルなどの製品に押されて、物が作れない*売れなくなる。きっとそうなると思います。その時に日本はどうするのか?私は、農道しか道はないと思います。質素に暮らすしかない。


子供との別れ


転勤の別れ

一人の子供が、親の転勤で東北の方に行ってしまいます。残念でなりません。本当にかわいい子です。ニコッとして何時も私を見て居ます。サッカーも非常に巧くなりました!トレセンにも来て欲しかったですね*

笑顔の裏側にはあった*

お母さんが折り菓子を持って、丁寧な挨拶をしに態々来て下さいました。殆ど練習などを見に来られたことはありませんし、余りお話したこともありませんでしたが、クラブや私共に対して感謝して下さっていたことが、分かりました。勿体ない気持ちで一杯になりました。涙ぐむ声や姿を私は見れませんでした。

初めて聞くこと

そのお母さんとの話の中で、ある時、家族旅行に行こうとしたそうです。何処に行くのか、計画を立て様と、子供に意見を聞きましたら、「広島に行って見たい!」と、言うものですからビックリされたとの事! 何故かと聞くと、「先生に広島の話や、原爆の話を聞いたから!」と言ったのでした。お母さんとお父さんは、そんな話をしたのは、きっと学校の先生だろうと思っていたら、サッカーの先生だったのです!即ち私の話だった*それを聞いた私は、そう言えばあの子は、何時も私の話を真剣に聞いていてくれるなあ?と思い出しました。続けてお母さんが教えて下さいました。「先生の話は、本当によく覚えているんですよ!」と・・・ 本当に感謝致します*

いつか何処かで会いたい

こうして出会えたのですから、また何時か何処かで再会したいものです。この子が本気で私に会いたいと思ってくれれば、きっと会える日が来るでしょう*言葉が軽く感じる昨今ですが、このお母さんの言葉や話は、身に染みました。絆とか、自分を信じる!遣り切る!気持ちを強く持つ?その様なカッコ良さそうな言葉は全く信じませんが、お母さんの誠実な姿勢と綺麗な言葉は、心からありがたく信じさせて頂けました。正直で誠実な方ほど、最後でないと言えないことばかりなのかも知れませんが、それがきっと真心あることなのでしょう!軽々しく綺麗事を言わない方が良いと自分自身を戒めました。

3年生なのに小さな子の面倒をよく見て居ました*

この子は、自分よりも小さな子の面倒をよく見てくれていました!頼んだ訳ではありません。心根が優しいのでしょう!資質がそうさせるのだと思います。

優しいお母さんと、寡黙なお父さん

お父さんは、余分な事は一切何も言われませんでした。お喋りすることを決して悪く思わないのですが、口も過ぎれば禍の元になるのも事実ですもんね*人間には、他愛もない会話こそ必要なのかも知れません。

ありがとうございました

お母さんとお父さんのお気持ちに感謝申し上げます。ありがとうございました*
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愛知県で活動しているクラウドサッカークラブの運営をしています。
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