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職人
これだけ些細な事までも、ニュースになる時代?国は珍しいと思いますが、殆どは要らない情報ばかりです。それと呼応するかの様によく解らない仕事も増え、職業も様々に変化して来ましたね!戦後、物作りの国と自画自賛致してきましたが、空洞化して海外で作られているのが現状です。3Kの仕事を嫌った日本ではモノは作れません。気が付くのが遅かったです*気が付いていても、アメリカ同様に安易にしか捉えれなかったのでしょうね*豊かさの上に胡坐を掻いてしまいました。
歴史から学ぶ
その原因の一つには、他国の歴史や、自国の歴史をキチンと学んで活かして来なかったことだと私は考えています。繁栄があり衰退が必ずある!儲かる国があれば、その陰で不況になる国が出て来てしまいます。日本のSEIKOがクォーツ時計を売り出したら、スイスの手巻き時計が売れなくなり、失業者が増えました! 日本のテレビが売れ過ぎて、アメリカとの貿易摩擦が起きました。何時の時代も光と影があるのです。今はどうでしょうか? 日本の携帯電話の世界的シェアは全体の3パーセントに満たないそうです。かつて半導体のシェアが世界一だと胸を張っていましたが、今は衰退の一途をたどり、殆ど韓国や中国に奪われてしまいました。技術力が云々と言われますが、技術力があっても販売力がなければ物は売れません。今の日本の製品は、テレビを初め使い難い商品ばかりです。携帯電話の説明書もそうですが、あんな分厚いモノがいるのでしょうか?如何に無駄な機能が沢山付いているのかが分かります。あれでは外国では売れませんよ*外国では、説明書を読む前に先ず使って見るのが、普通なのですから*危険なものではない限り!日本のスポーツも同じ考え方です。先ず説明書を読むと言うものは、スポーツの基本と同じ考え方だと思います。外国は順序良く、段階を追って言う様な、七面倒くさいことはしないのです。無駄なことはしない*出来ることは先ずやる!お菓子の中の乾燥剤は食べないで下さい!とか、これは食べ物ではありません!これは個人の感想です!こんなバカげた注釈だらけの日本と言う国は、やはり幼稚なのでしょうね*言わないと解らない!書いてないと文句を言う!本物の職人は、そう言うことは一切言いませんよ*神経を集中して、静かに物をよく観て会話をしながら、理解しよとする!そして、所作を学び、道理を知り、謙虚になるのだと思います。 自分が例え良い物が作れたとしても、決して、これで良いなんて思わないでしょう。 日本は、過去の経済発展していた頃が忘れられなく、しがみ付いて生き延びようとしています。次のステップを考えたりしないと、本当に経済も金融も破綻するでしょうね*
弟子
職人の弟子は、叱られるのがありがたいと思わなければいけません。特に今は叱ることを怖がる世の中ですから、少なくなっているのでしょうね?何を観て、何処を観るのか?そして自分で試して、上手く行かない理由を探る!観えないところに秘密が隠されています。一本の線を引く作業でも簡単な事ではありません。何故そう線を引くのか?どうして逆から引くのか?材料に無駄はないか?全てに理由と道理があるのです。弟子の良し悪しは、後ろのことまで観る目と、素直になれる人間性の部分だと私は感じています。観るところを誤っていれば、何時まで経っても出来る様にはなれません。例えば物を切るところを見ていても、力の入れ具合は見て居ないのです!肘の位置、持ち方、指使い、手首の使い方、体の向き、手の角度、足の開き方、腰の位置、足の裏などなど・・・全て、そのモノとはあまり関係ない所が重要なのです。
鍛冶屋
鍛冶屋さんにアルバイトをした時に、線が書いてあるブリキと、刃が曲がった鋏を渡され、「切って見ろ!」と言われました。初めて見る鋏でしたが、切る内に何となくコツが分かりました。しかし、職人さんの見ると、紙でも切った様に切れていまして、最初からその形で作っていた様に綺麗でした!私のは何とか縁取って切ってはいましたが、ササクレだっていました。「初めてにしては、まあまあだが、これでは使い物にならない!商品としてはぺケだな*」そう言われました。「このブリキをこの鋏で切らせると器用か、器用でないのか?直ぐに分かるんだ!」そう教えてくれました。悔しくて悔しくて、「もう一度見せて下さい!」と言いましたら、「もう一度だけだぞ!」と言われ、必死に観ていました。そして、よーく観ていると、鋏の持ち方も、ブリキの持ち方も、体の使い方も、私とは全く違いました。一番違うなあと感じましたのは、鋏やブリキを持つ指や体の動きです。更に、鋏を余り動かさないで、相手のブリキの方を頻繁に動かしていることに気が付きました!
重機の運転
私が生まれて、最初に仕事で叱られたのは16歳の頃でした。アルバイトに行った鉱山で、砂を投げられ叱られました。気性の激しい男社会ですから、丁寧に教えてくれる事なんて一つもありませんでした。質問をすれば、十年早いわ!と怒られます。真剣に観て、どうしてそうするのか?何故そうするのか?自分で考えを巡らしながら想像して理解し様とするのが当たり前でした。エンジンの唸る音や、キャタピラの音で、何処に力が掛かり、どう操作しているのかが分かる様になります。音を聴いているだけで、巧いのか、下手なのかも分かります。NHKのプロフェッショナルと言う番組の最後に、「プロフェッショナルとは、どう言う人の事だと思いますか?」と、出演者に質問をされます。もし、私に問うて下されば、きっとこう答えるでしょう!それは、「どんな状況にも対応出来る人、また、その先のことまで責任を持てる仕事をする人だと思います。」
溶接作業
溶接は危ないものです。一歩間違えば感電して死に至ります。しかし、私は何も知識がないまま、一人で挑戦しました。電圧の事も、溶接棒の事も何もしらないままです。半日遣り続けて試行錯誤していましたが、最後までマトモなことは何も出来なかったです。当然です!笑 鉄と鉄を溶かし引っ付けることが出来ないのです。手の平には無数の火傷の痕だらけになりました。熱い思いも沢山したのに全然出来ませんでした。更に翌日には、目を開けようとすると、涙が流れて痛くて痛くて堪りませんでした*そうです!目の表面も低温火傷して、膜がカサブタだらけになっていたのです。眼医者行きましたら、目を開けたまま剃刀で、カサブタを削ぎ落として取ってくれました!地獄の様でした。☠ そして、ワセリン見たいなモノを目に塗られて、それがまた痛いのなんの!二、三日は痛みが続きました。自業自得です*
酸素切断機
薄いモノから分厚い鉄を切る道具に酸素切断機と言う物があります。アセチレンガスと酸素ボンベを使って、高温で切断面を温め溶かし、圧縮酸素で解けた鉄を吹き飛ばして切ってゆくのです。火花が溶接と同じ様に沢山飛び散ります!勿論火傷もします。でも段々慣れてくると、この位の火なら大丈夫!と解って来ます。鉄板の切れ方を観て、丁度良いスピードで、ゆっくり一定の速度で切らないと綺麗には切れません。少し早くなれば、自分に火の粉が飛んで来ますし、遅過ぎても鉄が溶け過ぎて自分に跳ね返って来ます!火を当てる角度や体の向き、力の抜け具合も非常に大切です。火を怖がって、目が遠く離れて居ては切れませんしね*
酸素溶接
切断機を溶接用に換えると金属を接合することが出来ます。またパイプの穴を塞いだり、盛ることも出来ます。塩酸で汚れを取り、相手をゆっくり温めて、真っ赤になる丁度良い時に溶接する棒を角度に気を付けて流し込むのです。非常に技術が要る作業です。
鉄を曲げる
鉄の曲げ方も色々ですが、パイプを曲げるのは非常に難しいです。曲げる専用の機械があれば容易なのですが、無ければ難しいくなりますね!熱を加えれば鉄は膨張しますから、熱の当て方と、角度、方向が重要です。鉄の性質を熟知して、尚且つ、温度を鉄の色で見分ける勘が大切になります。
鉄は熱い内に撃て
鉄と言う材料は、一番安価です。材木やコンクリートはやはり高いです。用途にもよりますが、安く仕上げたいと思えば鉄が一番安上がりです。加工もし易いですからね!曲げるのも伸ばすのも、形を整えるのも、鉄が熱い内でないと言うことを聞いてくれません!笑 刀を作っているところを、ご覧になられたことが、皆さんでも一度はおありになるかと存じます。冷えてからでは叩くだけ無駄です。日本刀は内柔外剛に出来ています。だから折れ難いのです*そして、熱し叩いては折り曲げ、また熱し叩く!その繰り返しをすることで鉄が何重にも折り重なり鍛えられて行きます。人間も鉄も叩かれないと強くはなりませんね*マザーテレサさんだって、あんなに良いことをしていても、他宗教から非難され、マスコミから中傷されていました。同じカトリックのからも最初は、異端視されましたもんね*鉄と同じ様に、鉄は赤い内に打て!人間も赤ちゃんの内に!小さな時に、鍛え、叱り、教育しないと使い物にならない大人になることでしょう*
焼き入れの大きな勘違い?
私はこう考えていました。鉄であれば、どんな鉄でも熱して冷やせば焼きが入る?・・・。しかし、大きな勘違いでした。普通の鉄には焼きが入らないのです。
勘がモノを言う
繰り返し繰り返し行うことは、一種宗教的なモノとよく似ています。同じことの繰り返しによって、自分を研鑽、鍛錬してゆく*その中で無意識を知り、勘が磨かれて行くのでしょうね*
何処を見て居るのか?
目の付け所は、皆違うのかも知れません?しかし、大切な所と言うものは、人の遣る所を、自分が遣って居る様なつもりで見て居ないと、習得は難し良いでしょうね!
何をするべきか?
全部人に頼る癖が付いているのでしょうか?自分が何をすれば良いか?人の役に立てられるのか?そう言う喜びを知らないのは、人間として可愛そうに思います。そう言う観念もないのかも知れませんね*
物の視点と、人を見る視点
物をよく観ると、こう言う意味でここを凹ましてあるんだなあ!とか、ワザと使いやすい様にこんな作りにしてあるんだ!と言う作り手の真心が分かります。物を観てその向こうにいる職人の姿や思い遣りが見えます。100円ショップの物が沢山で回っていますが、安く物を観る度に想います。人の心を忘れたのだなあ?と・・・
私の流儀
何でも自分でやる!それが私の流儀です。しかし、自分で遣りたくないものがあります。それは、パソコンです*
聞かない!遣って見る!
今の若い方は、直ぐに人に聞きます。自分で考えません!簡単に答えを求めてしまいます。そんな人間だから、人の情を大切にしません。コロコロ自分本位に変えます*それが幸せなら良いことでしょうね?貫くとかの意味を知ろうともしないのかも知れません。浅い所で生きている様に観えてしまいます。
見て遣って全てを学び
オリジナルを生み出す
これだけ些細な事までも、ニュースになる時代?国は珍しいと思いますが、殆どは要らない情報ばかりです。それと呼応するかの様によく解らない仕事も増え、職業も様々に変化して来ましたね!戦後、物作りの国と自画自賛致してきましたが、空洞化して海外で作られているのが現状です。3Kの仕事を嫌った日本ではモノは作れません。気が付くのが遅かったです*気が付いていても、アメリカ同様に安易にしか捉えれなかったのでしょうね*豊かさの上に胡坐を掻いてしまいました。
歴史から学ぶ
その原因の一つには、他国の歴史や、自国の歴史をキチンと学んで活かして来なかったことだと私は考えています。繁栄があり衰退が必ずある!儲かる国があれば、その陰で不況になる国が出て来てしまいます。日本のSEIKOがクォーツ時計を売り出したら、スイスの手巻き時計が売れなくなり、失業者が増えました! 日本のテレビが売れ過ぎて、アメリカとの貿易摩擦が起きました。何時の時代も光と影があるのです。今はどうでしょうか? 日本の携帯電話の世界的シェアは全体の3パーセントに満たないそうです。かつて半導体のシェアが世界一だと胸を張っていましたが、今は衰退の一途をたどり、殆ど韓国や中国に奪われてしまいました。技術力が云々と言われますが、技術力があっても販売力がなければ物は売れません。今の日本の製品は、テレビを初め使い難い商品ばかりです。携帯電話の説明書もそうですが、あんな分厚いモノがいるのでしょうか?如何に無駄な機能が沢山付いているのかが分かります。あれでは外国では売れませんよ*外国では、説明書を読む前に先ず使って見るのが、普通なのですから*危険なものではない限り!日本のスポーツも同じ考え方です。先ず説明書を読むと言うものは、スポーツの基本と同じ考え方だと思います。外国は順序良く、段階を追って言う様な、七面倒くさいことはしないのです。無駄なことはしない*出来ることは先ずやる!お菓子の中の乾燥剤は食べないで下さい!とか、これは食べ物ではありません!これは個人の感想です!こんなバカげた注釈だらけの日本と言う国は、やはり幼稚なのでしょうね*言わないと解らない!書いてないと文句を言う!本物の職人は、そう言うことは一切言いませんよ*神経を集中して、静かに物をよく観て会話をしながら、理解しよとする!そして、所作を学び、道理を知り、謙虚になるのだと思います。 自分が例え良い物が作れたとしても、決して、これで良いなんて思わないでしょう。 日本は、過去の経済発展していた頃が忘れられなく、しがみ付いて生き延びようとしています。次のステップを考えたりしないと、本当に経済も金融も破綻するでしょうね*
弟子
職人の弟子は、叱られるのがありがたいと思わなければいけません。特に今は叱ることを怖がる世の中ですから、少なくなっているのでしょうね?何を観て、何処を観るのか?そして自分で試して、上手く行かない理由を探る!観えないところに秘密が隠されています。一本の線を引く作業でも簡単な事ではありません。何故そう線を引くのか?どうして逆から引くのか?材料に無駄はないか?全てに理由と道理があるのです。弟子の良し悪しは、後ろのことまで観る目と、素直になれる人間性の部分だと私は感じています。観るところを誤っていれば、何時まで経っても出来る様にはなれません。例えば物を切るところを見ていても、力の入れ具合は見て居ないのです!肘の位置、持ち方、指使い、手首の使い方、体の向き、手の角度、足の開き方、腰の位置、足の裏などなど・・・全て、そのモノとはあまり関係ない所が重要なのです。
鍛冶屋
鍛冶屋さんにアルバイトをした時に、線が書いてあるブリキと、刃が曲がった鋏を渡され、「切って見ろ!」と言われました。初めて見る鋏でしたが、切る内に何となくコツが分かりました。しかし、職人さんの見ると、紙でも切った様に切れていまして、最初からその形で作っていた様に綺麗でした!私のは何とか縁取って切ってはいましたが、ササクレだっていました。「初めてにしては、まあまあだが、これでは使い物にならない!商品としてはぺケだな*」そう言われました。「このブリキをこの鋏で切らせると器用か、器用でないのか?直ぐに分かるんだ!」そう教えてくれました。悔しくて悔しくて、「もう一度見せて下さい!」と言いましたら、「もう一度だけだぞ!」と言われ、必死に観ていました。そして、よーく観ていると、鋏の持ち方も、ブリキの持ち方も、体の使い方も、私とは全く違いました。一番違うなあと感じましたのは、鋏やブリキを持つ指や体の動きです。更に、鋏を余り動かさないで、相手のブリキの方を頻繁に動かしていることに気が付きました!
重機の運転
私が生まれて、最初に仕事で叱られたのは16歳の頃でした。アルバイトに行った鉱山で、砂を投げられ叱られました。気性の激しい男社会ですから、丁寧に教えてくれる事なんて一つもありませんでした。質問をすれば、十年早いわ!と怒られます。真剣に観て、どうしてそうするのか?何故そうするのか?自分で考えを巡らしながら想像して理解し様とするのが当たり前でした。エンジンの唸る音や、キャタピラの音で、何処に力が掛かり、どう操作しているのかが分かる様になります。音を聴いているだけで、巧いのか、下手なのかも分かります。NHKのプロフェッショナルと言う番組の最後に、「プロフェッショナルとは、どう言う人の事だと思いますか?」と、出演者に質問をされます。もし、私に問うて下されば、きっとこう答えるでしょう!それは、「どんな状況にも対応出来る人、また、その先のことまで責任を持てる仕事をする人だと思います。」
溶接作業
溶接は危ないものです。一歩間違えば感電して死に至ります。しかし、私は何も知識がないまま、一人で挑戦しました。電圧の事も、溶接棒の事も何もしらないままです。半日遣り続けて試行錯誤していましたが、最後までマトモなことは何も出来なかったです。当然です!笑 鉄と鉄を溶かし引っ付けることが出来ないのです。手の平には無数の火傷の痕だらけになりました。熱い思いも沢山したのに全然出来ませんでした。更に翌日には、目を開けようとすると、涙が流れて痛くて痛くて堪りませんでした*そうです!目の表面も低温火傷して、膜がカサブタだらけになっていたのです。眼医者行きましたら、目を開けたまま剃刀で、カサブタを削ぎ落として取ってくれました!地獄の様でした。☠ そして、ワセリン見たいなモノを目に塗られて、それがまた痛いのなんの!二、三日は痛みが続きました。自業自得です*
酸素切断機
薄いモノから分厚い鉄を切る道具に酸素切断機と言う物があります。アセチレンガスと酸素ボンベを使って、高温で切断面を温め溶かし、圧縮酸素で解けた鉄を吹き飛ばして切ってゆくのです。火花が溶接と同じ様に沢山飛び散ります!勿論火傷もします。でも段々慣れてくると、この位の火なら大丈夫!と解って来ます。鉄板の切れ方を観て、丁度良いスピードで、ゆっくり一定の速度で切らないと綺麗には切れません。少し早くなれば、自分に火の粉が飛んで来ますし、遅過ぎても鉄が溶け過ぎて自分に跳ね返って来ます!火を当てる角度や体の向き、力の抜け具合も非常に大切です。火を怖がって、目が遠く離れて居ては切れませんしね*
酸素溶接
切断機を溶接用に換えると金属を接合することが出来ます。またパイプの穴を塞いだり、盛ることも出来ます。塩酸で汚れを取り、相手をゆっくり温めて、真っ赤になる丁度良い時に溶接する棒を角度に気を付けて流し込むのです。非常に技術が要る作業です。
鉄を曲げる
鉄の曲げ方も色々ですが、パイプを曲げるのは非常に難しいです。曲げる専用の機械があれば容易なのですが、無ければ難しいくなりますね!熱を加えれば鉄は膨張しますから、熱の当て方と、角度、方向が重要です。鉄の性質を熟知して、尚且つ、温度を鉄の色で見分ける勘が大切になります。
鉄は熱い内に撃て
鉄と言う材料は、一番安価です。材木やコンクリートはやはり高いです。用途にもよりますが、安く仕上げたいと思えば鉄が一番安上がりです。加工もし易いですからね!曲げるのも伸ばすのも、形を整えるのも、鉄が熱い内でないと言うことを聞いてくれません!笑 刀を作っているところを、ご覧になられたことが、皆さんでも一度はおありになるかと存じます。冷えてからでは叩くだけ無駄です。日本刀は内柔外剛に出来ています。だから折れ難いのです*そして、熱し叩いては折り曲げ、また熱し叩く!その繰り返しをすることで鉄が何重にも折り重なり鍛えられて行きます。人間も鉄も叩かれないと強くはなりませんね*マザーテレサさんだって、あんなに良いことをしていても、他宗教から非難され、マスコミから中傷されていました。同じカトリックのからも最初は、異端視されましたもんね*鉄と同じ様に、鉄は赤い内に打て!人間も赤ちゃんの内に!小さな時に、鍛え、叱り、教育しないと使い物にならない大人になることでしょう*
焼き入れの大きな勘違い?
私はこう考えていました。鉄であれば、どんな鉄でも熱して冷やせば焼きが入る?・・・。しかし、大きな勘違いでした。普通の鉄には焼きが入らないのです。
勘がモノを言う
繰り返し繰り返し行うことは、一種宗教的なモノとよく似ています。同じことの繰り返しによって、自分を研鑽、鍛錬してゆく*その中で無意識を知り、勘が磨かれて行くのでしょうね*
何処を見て居るのか?
目の付け所は、皆違うのかも知れません?しかし、大切な所と言うものは、人の遣る所を、自分が遣って居る様なつもりで見て居ないと、習得は難し良いでしょうね!
何をするべきか?
全部人に頼る癖が付いているのでしょうか?自分が何をすれば良いか?人の役に立てられるのか?そう言う喜びを知らないのは、人間として可愛そうに思います。そう言う観念もないのかも知れませんね*
物の視点と、人を見る視点
物をよく観ると、こう言う意味でここを凹ましてあるんだなあ!とか、ワザと使いやすい様にこんな作りにしてあるんだ!と言う作り手の真心が分かります。物を観てその向こうにいる職人の姿や思い遣りが見えます。100円ショップの物が沢山で回っていますが、安く物を観る度に想います。人の心を忘れたのだなあ?と・・・
私の流儀
何でも自分でやる!それが私の流儀です。しかし、自分で遣りたくないものがあります。それは、パソコンです*
聞かない!遣って見る!
今の若い方は、直ぐに人に聞きます。自分で考えません!簡単に答えを求めてしまいます。そんな人間だから、人の情を大切にしません。コロコロ自分本位に変えます*それが幸せなら良いことでしょうね?貫くとかの意味を知ろうともしないのかも知れません。浅い所で生きている様に観えてしまいます。
見て遣って全てを学び
オリジナルを生み出す
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