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ヨシの歌
食中毒の中、ライブを行いました!笑 ヨシくんが急遽出演してくれました。作り立ての曲や、もう少しで出来る曲を、リハーサルで作りながら完成させてしまいました!プロですね*今回唄ってくれた歌は、今までとは、また違う大人の雰囲気を醸し出していました。大人の男の哀愁が漂っていました。私が好む感じです。パンクのバンドで唄うヨシくんは、心の蓋を開け、自身の生の血をブチマケル様に聴こえる*しかし、一人で唄う歌は、心の蓋をそっと静かに閉め、血を流しながら拭きもしないで立っている様に感じました*
新境地
ヨシくんの歌は新たな新境地を見せてくれました。矢沢永吉さん見たいでした*哀愁が漂う!永吉さんも親に捨てられ貧乏で辛い経験を沢山して、自分で立ち上がり自分の足で歩き生きて来られた方です。何処か寂しげですが、人とは違う力強さを感じます。ヨシくん達のバンドも素晴らしいですが、自分だけでやる生ギターの方がもっと素晴らしいと思っています*男の歌です。
ピポがデビュー!
今回はピポを連れて行きました。デビューです!笑 一緒に歌いましたよ!口遊んでいました*
野良ネコ
親が子供を育てられなくて施設に預けますと、国のモノになるらしいです!それを、また返して貰おうとすれば、50万円か、60万円を支払い戻して貰えるそうです?そう友人に聞いた私には、慰めの言葉はありませんでした。軽口では言えない。言わない。ただ胸が苦しかっただけ*何もしてあげれないけど、歌を作ってあげたい。そう思い、この歌を作りました。私が小学4年生の時、遠足の班を決める授業がありました。その中で仲間外れにされていた子を可哀想に思い、「僕が貰う!」と言ったら、若い女の先生に、こっ酷く叩かれ叱られた事がありました。「学級委員のクセに!どう言うことを言うんだ!」と言いながら*人は物ではないと言う教えでした。言葉を知らない自分自身に、私は非常にショックを受け落ち込んだ記憶が蘇ります。恥ずかしかったですね*でも、国でさえ子供をカネで売る国が、規範や道徳を説けるのでしょうか?言葉は言葉だと思います。行いや情けはカネや言葉ではない*中学生の時に、矢沢永吉さんの、「親友」と言う歌を聴いて感動したことがあった。それを思い出しながら、この野良ネコと言う歌を作りました*「♬ オレのぶんまで幸せになれ~何も知らないあの人と~どんな恋の別れよりも~男たちの別れは寂しいと~」
私が歌を唄う
ラララ・・・から始まる難しい曲でした。今回この歌を作って見て、自分だけの力とは違う別のモノを感じました。歌は自分で詩を書き、曲を付け、自分で唄った方が良いと思い込んでいましたが、大切な人の想いに応え様として、必死にもがく自分は鬼気迫る感じになり、不思議な空間の中で作れた気が致します。自分の力ではない様な感じでした。
余韻
新聞に大きく載っていたこともあり、全く知らない人たちや、思い掛けない人たちが来て下さいました。感謝申し上げます。
歌は悲しみに寄り添うモノ
私にとって歌は慰めです。人前で唄うことは本来向いていないと思います。でも、聴きに来て下さった皆さんの悲しみに少しでも寄り添おうと真剣に唄っています。いつも・・・
食中毒の中、ライブを行いました!笑 ヨシくんが急遽出演してくれました。作り立ての曲や、もう少しで出来る曲を、リハーサルで作りながら完成させてしまいました!プロですね*今回唄ってくれた歌は、今までとは、また違う大人の雰囲気を醸し出していました。大人の男の哀愁が漂っていました。私が好む感じです。パンクのバンドで唄うヨシくんは、心の蓋を開け、自身の生の血をブチマケル様に聴こえる*しかし、一人で唄う歌は、心の蓋をそっと静かに閉め、血を流しながら拭きもしないで立っている様に感じました*
新境地
ヨシくんの歌は新たな新境地を見せてくれました。矢沢永吉さん見たいでした*哀愁が漂う!永吉さんも親に捨てられ貧乏で辛い経験を沢山して、自分で立ち上がり自分の足で歩き生きて来られた方です。何処か寂しげですが、人とは違う力強さを感じます。ヨシくん達のバンドも素晴らしいですが、自分だけでやる生ギターの方がもっと素晴らしいと思っています*男の歌です。
ピポがデビュー!
今回はピポを連れて行きました。デビューです!笑 一緒に歌いましたよ!口遊んでいました*
野良ネコ
親が子供を育てられなくて施設に預けますと、国のモノになるらしいです!それを、また返して貰おうとすれば、50万円か、60万円を支払い戻して貰えるそうです?そう友人に聞いた私には、慰めの言葉はありませんでした。軽口では言えない。言わない。ただ胸が苦しかっただけ*何もしてあげれないけど、歌を作ってあげたい。そう思い、この歌を作りました。私が小学4年生の時、遠足の班を決める授業がありました。その中で仲間外れにされていた子を可哀想に思い、「僕が貰う!」と言ったら、若い女の先生に、こっ酷く叩かれ叱られた事がありました。「学級委員のクセに!どう言うことを言うんだ!」と言いながら*人は物ではないと言う教えでした。言葉を知らない自分自身に、私は非常にショックを受け落ち込んだ記憶が蘇ります。恥ずかしかったですね*でも、国でさえ子供をカネで売る国が、規範や道徳を説けるのでしょうか?言葉は言葉だと思います。行いや情けはカネや言葉ではない*中学生の時に、矢沢永吉さんの、「親友」と言う歌を聴いて感動したことがあった。それを思い出しながら、この野良ネコと言う歌を作りました*「♬ オレのぶんまで幸せになれ~何も知らないあの人と~どんな恋の別れよりも~男たちの別れは寂しいと~」
私が歌を唄う
ラララ・・・から始まる難しい曲でした。今回この歌を作って見て、自分だけの力とは違う別のモノを感じました。歌は自分で詩を書き、曲を付け、自分で唄った方が良いと思い込んでいましたが、大切な人の想いに応え様として、必死にもがく自分は鬼気迫る感じになり、不思議な空間の中で作れた気が致します。自分の力ではない様な感じでした。
余韻
新聞に大きく載っていたこともあり、全く知らない人たちや、思い掛けない人たちが来て下さいました。感謝申し上げます。
歌は悲しみに寄り添うモノ
私にとって歌は慰めです。人前で唄うことは本来向いていないと思います。でも、聴きに来て下さった皆さんの悲しみに少しでも寄り添おうと真剣に唄っています。いつも・・・
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