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監督様へ
拝啓
新しい命が芽生える季節となって来ました*今年の桜は遅咲きの様です。
お元気でいらっしゃいますでしょうか?
まだ一度もお会いした事がないにも拘らず、慣れ慣れしく、お話させて頂くことをお許しください。以前から存じ上げている様に思っています。同じサッカー指導者ですから、言葉にして話さなくても相通ずるところは、きっと沢山ありますよね* 私の勝手ですが、様々なことを想像致します。
子供とサッカー
私は、どちらかと申しますと、今の時代には合わせられない人間です。本来、人間には順応する能力があるのでしょうが、本能が受け入れないのだと思っています。新しいモノが全て正しいとは思いません。しかし、新しいモノを全て否定していけないことも解っています。古き良いことは頑固に守り、新しく進化してゆくことは、固定観念を持たないで素直になりたいモノです。「どうして、サッカーが好きなのか?」と問われたら、「ルールが少なく、自由な部分が沢山残されているし、大人数でも出来るスポーツだから!」とお答えすることでしょう!特に今の時代、親の責任が些細な事でも問われてしまう世の中ですから、親同士が知ってないと子供達を遊ばせられない?と言う変な時代です。だから、子供たちを健全に育むことが難しい時代とも言えるのではないのでしょうか? そんな世の中だからこそ、サッカーと言うスポーツは健全育成に必ず役立つと考えています。
将来
教える立場になりますと、様々な欲が出て来てしまいがちです。練習でも、試合でも、更に将来に対しても!よく生涯スポーツとか、生涯サッカーと言われます。それがとても重要で大切?良いこと?目標や理想とすることが正しいことの様に叫ばれます。私も他のクラブ関係者から、そんな声を頻繁に聞きますが、私は少し違和感を覚えます。 それは、子供一人一人に強制することではない?どんなスポーツを好み、どんなモノを選び、どんなことをするのかは、自由な筈ですよね*想いはあっても、口にしてはいけないモノだと思っています。 その子が様々な選択肢の中から選び、一生懸命やっていることをどんな事でも否定したくはありません。もう一つ私が考える大きなサッカーの魅力は、反則のルールが自分のプライドに委ねられているところです。怪我をさせない様にプレーしながら、また、格闘技の様に戦う!難しいことですが、そこにプライドを持つ*生き方そのものが表れると思っています。どう生きるのか?その表現が出来るスポーツ*それがサッカーではないでしょうか?
他のスポーツにはないところ
スポーツも色々で、個人で戦うモノもあれば、団体で戦うモノもあります。向き不向きはあるのでしょうが、しかし、子供の内は、団体の中で揉まれた方が良いのではないでしょうか? 気の強い子、気の優しい子、力の強い子、意地悪な子!勇気のある子などなど、色んな子供と戦いを通して接することで人間の幅を広げ感性が豊かになってゆくと思います。上下関係の中で育まれることは大切だと考えています。教える以前の事だと思います。
スポーツと言う広い視野の中で
サッカーもスポーツの一部です。ですから大切なことも共通しています。状況を自分で判断し、責任は自分で取る!日々精進して努力を怠らない*ただ走れないスポーツは余り好きではありません。ゴルフ・野球・相撲?笑 スポーツ選手がお腹が出て居ては恥ずかしいと思ってしまいます。
元Jリーガーの資質
色んなスタッフがいますね!信頼していても裏切られることがあるでしょう!何度も経験しました。痛みが分かります。悲しいことです。今の時代は、飛ぶ鳥、後を濁さず!ではありませんもんね。信頼や今流行の絆とやらを簡単に裏切り、子供を自分の都合で利用し、クラブを踏み台にしてゆきます。姑息な手を遣い、セコイことを考え実行しても、それに賛同する親は沢山います。真実が観えない! 人気者が全て正しく思われてしまい、何でもまかり通る時代なのです。そして、元Jリーガーの肩書を持つと、全幅の信頼を勝ち取れることに驕り人間の魂を汚します。受け取る側も安易に信じ込み疑問は持たないのです*私も沢山の元Jリーガーと接して思いますのは驕りがあると言うことです。人間的に魅力を感じたことは殆どありません。何故なのか分かりませんが、感じるところは、元何々でしがみ付こうとしているからなのかも知れませんね?人間の正しい道として、世話になったところに、後ろ足で砂をかけて去ることは、恥ずかしいことです。しかし、今は厭いません!そんな大人にしてしまわない様に子供たちを指導しなければと思います。
長々ツラツラと書きましたが、人生には良い時ばかりではなく、必ず波があるものですよね*それを否定してしまうのか?それも人生だ!と受け入れるのかは、それこそ思考の部分での人生の選択ではないのでしょうか?猪木さんの言う、「どんなに苦しい道でも、笑って歩こうぜ*」は、私の生き方そのものです。そう生きたいです。 「衰退してゆく時に、どんな力で食い止めようとしてもダメだ!一回底まで沈んだ方が良いんだよ*そして、もう一度浮かび上がれば良い!これも猪木さんの言葉です。もう一つ私が苦しい時に送られた言葉を送らさせて下さい。「かなしいことがあったら 人をうらまないこと かなしいことがあったら しばらくひとりぼっちになること かなしいことがあったら ひっそりかんがえること*」これは灰谷さんの言葉だと思います。本来、人の言葉や座右の銘など一つの言葉に頼らない私ですが、貴方様を想うと送りたくなってしまいました。元気ですか!と言って毎日自分を鼓舞し、もがきながら生きている人間もいます。監督様の悲しみは計り知れませんが、また、一日でも早く楽しいサッカー指導が出来る日が来ることを、遠い所から祈っています。勝手な想いで失礼致しました。お元気で*子供の為に頑張って下さい。 敬具
拝啓
新しい命が芽生える季節となって来ました*今年の桜は遅咲きの様です。
お元気でいらっしゃいますでしょうか?
まだ一度もお会いした事がないにも拘らず、慣れ慣れしく、お話させて頂くことをお許しください。以前から存じ上げている様に思っています。同じサッカー指導者ですから、言葉にして話さなくても相通ずるところは、きっと沢山ありますよね* 私の勝手ですが、様々なことを想像致します。
子供とサッカー
私は、どちらかと申しますと、今の時代には合わせられない人間です。本来、人間には順応する能力があるのでしょうが、本能が受け入れないのだと思っています。新しいモノが全て正しいとは思いません。しかし、新しいモノを全て否定していけないことも解っています。古き良いことは頑固に守り、新しく進化してゆくことは、固定観念を持たないで素直になりたいモノです。「どうして、サッカーが好きなのか?」と問われたら、「ルールが少なく、自由な部分が沢山残されているし、大人数でも出来るスポーツだから!」とお答えすることでしょう!特に今の時代、親の責任が些細な事でも問われてしまう世の中ですから、親同士が知ってないと子供達を遊ばせられない?と言う変な時代です。だから、子供たちを健全に育むことが難しい時代とも言えるのではないのでしょうか? そんな世の中だからこそ、サッカーと言うスポーツは健全育成に必ず役立つと考えています。
将来
教える立場になりますと、様々な欲が出て来てしまいがちです。練習でも、試合でも、更に将来に対しても!よく生涯スポーツとか、生涯サッカーと言われます。それがとても重要で大切?良いこと?目標や理想とすることが正しいことの様に叫ばれます。私も他のクラブ関係者から、そんな声を頻繁に聞きますが、私は少し違和感を覚えます。 それは、子供一人一人に強制することではない?どんなスポーツを好み、どんなモノを選び、どんなことをするのかは、自由な筈ですよね*想いはあっても、口にしてはいけないモノだと思っています。 その子が様々な選択肢の中から選び、一生懸命やっていることをどんな事でも否定したくはありません。もう一つ私が考える大きなサッカーの魅力は、反則のルールが自分のプライドに委ねられているところです。怪我をさせない様にプレーしながら、また、格闘技の様に戦う!難しいことですが、そこにプライドを持つ*生き方そのものが表れると思っています。どう生きるのか?その表現が出来るスポーツ*それがサッカーではないでしょうか?
他のスポーツにはないところ
スポーツも色々で、個人で戦うモノもあれば、団体で戦うモノもあります。向き不向きはあるのでしょうが、しかし、子供の内は、団体の中で揉まれた方が良いのではないでしょうか? 気の強い子、気の優しい子、力の強い子、意地悪な子!勇気のある子などなど、色んな子供と戦いを通して接することで人間の幅を広げ感性が豊かになってゆくと思います。上下関係の中で育まれることは大切だと考えています。教える以前の事だと思います。
スポーツと言う広い視野の中で
サッカーもスポーツの一部です。ですから大切なことも共通しています。状況を自分で判断し、責任は自分で取る!日々精進して努力を怠らない*ただ走れないスポーツは余り好きではありません。ゴルフ・野球・相撲?笑 スポーツ選手がお腹が出て居ては恥ずかしいと思ってしまいます。
元Jリーガーの資質
色んなスタッフがいますね!信頼していても裏切られることがあるでしょう!何度も経験しました。痛みが分かります。悲しいことです。今の時代は、飛ぶ鳥、後を濁さず!ではありませんもんね。信頼や今流行の絆とやらを簡単に裏切り、子供を自分の都合で利用し、クラブを踏み台にしてゆきます。姑息な手を遣い、セコイことを考え実行しても、それに賛同する親は沢山います。真実が観えない! 人気者が全て正しく思われてしまい、何でもまかり通る時代なのです。そして、元Jリーガーの肩書を持つと、全幅の信頼を勝ち取れることに驕り人間の魂を汚します。受け取る側も安易に信じ込み疑問は持たないのです*私も沢山の元Jリーガーと接して思いますのは驕りがあると言うことです。人間的に魅力を感じたことは殆どありません。何故なのか分かりませんが、感じるところは、元何々でしがみ付こうとしているからなのかも知れませんね?人間の正しい道として、世話になったところに、後ろ足で砂をかけて去ることは、恥ずかしいことです。しかし、今は厭いません!そんな大人にしてしまわない様に子供たちを指導しなければと思います。
長々ツラツラと書きましたが、人生には良い時ばかりではなく、必ず波があるものですよね*それを否定してしまうのか?それも人生だ!と受け入れるのかは、それこそ思考の部分での人生の選択ではないのでしょうか?猪木さんの言う、「どんなに苦しい道でも、笑って歩こうぜ*」は、私の生き方そのものです。そう生きたいです。 「衰退してゆく時に、どんな力で食い止めようとしてもダメだ!一回底まで沈んだ方が良いんだよ*そして、もう一度浮かび上がれば良い!これも猪木さんの言葉です。もう一つ私が苦しい時に送られた言葉を送らさせて下さい。「かなしいことがあったら 人をうらまないこと かなしいことがあったら しばらくひとりぼっちになること かなしいことがあったら ひっそりかんがえること*」これは灰谷さんの言葉だと思います。本来、人の言葉や座右の銘など一つの言葉に頼らない私ですが、貴方様を想うと送りたくなってしまいました。元気ですか!と言って毎日自分を鼓舞し、もがきながら生きている人間もいます。監督様の悲しみは計り知れませんが、また、一日でも早く楽しいサッカー指導が出来る日が来ることを、遠い所から祈っています。勝手な想いで失礼致しました。お元気で*子供の為に頑張って下さい。 敬具
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