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金魚

最近、せともの祭りへ行きましたら、金魚すくいがありました。懐かしく想い挑戦しましたら、三匹ほど獲れたのです。楽しいものですね!子供の頃には、世話が出来ないからとの理由で、親は絶対にさせてくれませんでしたが、しかし、小学3・4年生くらいになりますと、自我がより強く芽生えて、ある特殊秘密計画を立てたのでした!笑 それは、家の小さな庭に池を造ることです。何故、内緒なのかと申しますと、数ヶ月前、一番許可を出してくれそうな祖母に「池を造りたい」と言ったところ、「昔から家に池は造らない方が良いとされている」と、言われて反対をされたからでした。  その理由の詳細を教えてくれたと思いますが、否定された為に、記憶に残っていません!笑 そして、ある日曜日の朝、人のアドバイスや言うことを全く聞き入れない私は、ツルハシやスコップ、石を内緒で用意して準備をしていました。でも、タイミングが悪い事に、その日に限って何時も私のことを、全て否定する厳しい父親は仕事に行きませんでした★~また話が長くなりますので、途中を省略致します。結局、紆余曲折はありましたが、何とか無事に池が完成したのです。それも何故か父親が協力してくれました!奇跡です。今でもこの池はあります。  池を造って直ぐに釣って来た、鯉やフナ、ザリガニ、ヤゴ、ドジョウ、オタマジャクシ、カメ、カエル、メダカを池に放したのですが、数か月の内に殆ど死んでしまいました。多分、カメとカエルは脱走したのでしょう?姿はありませんでした!コンクリートのアクや、水道水の水が魚達に合わなかったのでしょうか?生まれて初めて水に興味を持った瞬間でした。「何で奇麗な水なのに死んだんだろう?あんな汚い泥水の中でも生きられたのに?」と、本当に不思議でした!その頃の時代は、区画整理が盛んに行われ、小さな池がどんどん埋め立てられてしまい、生物たちが生き埋めにされる現状を可哀想に思っていたのです。そこで、その生き物達を助けようと池を造ったのですが、正反対の結果が残念でなりませんでした。今考えれば、人間はつくづく自分勝手だと思います。自然の大切さを訴える人達が、自然破壊をした、その地に住んでいることを忘れているからです。自分達が住む土地に対しては、森を切り開き池を埋めて、それ以外はいけないと言う?そんなことが、許されるのでしょうか?都合の良い時には自然保護を唱え、都合が悪ければ自分の土地だと言う!また、熊や鹿、イノシシなどが民家に近づき被害が及ぶと、駆除の名の下に撃ち殺す*人間が動物達の領域に入っているという自覚の無さや、森での食べ物や植物が減少している源の原因は温暖化の現状ではなく、その根本は、利便性、効率性を追及して来たツケが回ったのだと、何故思わないのでしょう?そうした自覚がないにも拘わらず、立派な事が言えるのでしょうか? 私は、自然保護を訴えている訳ではありません。 人間が生きて行く為には、ある程度の妥協は仕方ないことだと思います。その身勝手な論理や考え方に傲慢さを感じているのです。私たち人間は、何時しか整備された都市化に慣れてしまい、動物達に生活圏の境界線がないことを忘れてしまったのでしょうか?大分、横道に逸れましたので元に戻します。すみません*つい力が入ってしまいました。何時も疑問に思っているものですから・・・ その数十年後、ある人と知り合ったことで、ひょんなことから、生活排水の浄化を研究することになった時、ふと池を造った時のことを思い出していました。 今回、水の話を思い付きましたのも、金魚を見ている内に、過去の様々なことが蘇り話してみたくなったのです。  少し聞いてやって下さい。余談ですが、脱走したカメを夜遅くまで探していますと、近所のお姉さんが、「多分、あの家のおじさんがカメを持って川の方に歩いて行ったよ」と教えてくれ消息が分かりました!しかしカメは、もう二度と帰ってこなかったです*何故なら、その優しいオジサンは、お酒をカメに飲ませ川に逃がしてくれたからでした。その時の私は、子供ですから「カメはお酒を飲まんのに大丈夫かなあ?」と心配していましたが、「大人のカメはいいのか?」なんてバカなことを考えていた記憶があります。もう一つ思い出しました! 逃げ出す前、私がカメにキスしている所を母に見られてしまい、まるでケダモノでも見る様な目をして、「口を洗ってこい!」と言われたのが昨日の様です*笑 カバンの中から、ハンカチを取り出そうとしたら、トカゲの大群が出て来て腰を抜かさせたり、カブトムシの幼虫と頬ずりをする様な子供でしたから母は大変だったと思います。何時も手紙を出し忘れる私の鞄を開ける時には、今日は何が出て来るのか?と慎重に見ていました。爆弾処理班の様に!笑   「水古くなれば濁る」や「水清ければ魚棲まず」との諺は色んな事を教えてくれますね!  小学生の私では到底理解不能でした*

メダカ

金魚を観ていますと、心が和むのは何故でしょう?きっと、あの優雅な泳ぎ方ですよね?尾ひれや背びれなども、体の動きと同時にではなく、その後に遅れて動くことで、ヒラヒラと美しく綺麗に見せてくれます。観ていて飽きません。 しかし、メダカはどうでしょうか?メダカの動きは、金魚の様にゆっくり泳いでいたりしますが、向きを変える時には、トラの様に一瞬で変化させますね!骨格や泳ぎ方には、特別違いはないと思いますが、体の使い方?即ち操作性と申しましょうか?機能性が多分違うのですね?体の小さいメダカは、天敵に囲まれた危険な環境の中、進化の過程で操作性や機能性を高めて行ったのではないのか?と、私は推察致します。

体の機能

ここ半年の間、私は自身の身体能力を高め、子供達の指導に役立てる様になりたいという強い想いから、その一つの方法として、一本歯の高下駄を履いてトレーニングしています。 時々、スクールの中でも履いていますので、見掛けた方もいらっしゃると思いますが、決して遊んでいる訳ではありません。 私は今まで、ある程度運動が得意だったものですから、体の使い方に対しては、自信がありました。しかし、武術を勉強する内に、スポーツ運動力学とは、全く違う方法があることを教えて頂いたのです。また、私自身行っているにも拘わらず、説明出来ないことも気付かせてくれました! 先程、スポーツ運動力学なんて難しい言葉を遣ってしまいましたが、私の場合は、経験に基づき培っただけです!笑 教えて貰う前に自分で考え試した方が楽しかったのですね。 一本歯の下駄は常に不安定ですが、慣れて来ますと、知らない内に体の中心を取れる様になります。従って、足の裏全体で支えていると申しましょうか? いや、体が宙に浮いた状態になるのです。ご理解して頂き難いことですので、もう少し私なりの説明を致します。体重計に乗って、ジャンプするのではなく、足を離さないで一瞬膝をカクッと抜きますと、体重計の針が0キログラムの方に振れますよね!また、目には見えませんが、重力の関係で身体は地面に引っ張られています。しかし、相対的に地面から反作用の力も同時に受けていますので、支点や力点、又は重心の位置は足の膝から太股当たりにあると思います。ハッキリ申し上げますと股間の下です!笑 しかし、足の踵に力を入れ、爪先を少し浮かせて膝を抜いたりしますと、その支点?作用点?や力点は更に高い位置になるのでしょう?宙に浮いた感覚とは、大体そんな感じだと思います。確証はありません?私は、学者ではないので全てを信用しないで下さい。また、申し上げるまでもありませんが、バランスを取るに当たって重心の位置はとても重要です。  速く走る為であったり、倒されない様にするには、より一層大事なことだと私は思っています。両足軸と申しましょうか?何と表現したらよいのか分かりませんが、私の経験だけで言いますと、走る時に足を一歩一歩出して行けば、当然そこに空白時間が生まれると思います。それがたとえ短時間でもです。ではどの様に走っているのか?それは二つとも同時に動かしているのです!すみませんが、もう少し時間を下さい。説明が上手く出来ません*また、倒されない様にする上に於いても、同様に感じています。片方に重心が移動すれば簡単に倒されてしまいますが、どんな状況になっても、離陸状態?即ち両方を常に50:50に保てばある程度は持ち堪えることが出来るのではないのでしょうか?そんなことを踏まえますと、浮かせた状態と敏速に動けるというモノが密接に関わりリンクしているのではないか?と考えるのです。飽くまでも私の持論ですので、クドイ様ですが差し引いてお聞き下さい。また関連した話で、一般的に人間は、手を使って平衡感覚を保てる為、倒れ難いと思われがちなのですが、本当は非常に倒れ易い生き物です。 例を挙げますと、濡れた鉄板やタイルなどの上を歩いていて、ツルッと滑り危ない思いをしたことは、誰でもご経験があるかと思います。 沢山滑らなくても、たった1センチ足を取られただけで、バランスを崩してしまいます。氷の上なら尚更ですよね!直立二足歩行とは、そんな不安定なモノなのです。  私は、一本歯の高下駄を履くまでは、ネコ科の様な走り方や歩き方をしていました。その方が、機敏に動くことが出来ると思っていましたし、直ぐにトップスピードで走れるからでした。また、相手に気配を感じさせないことや、力の伝達が遊びなく伝わり直結して出せる様に感じていたのです。唯一の共通点は、走る時の一歩を踏み出す前に膝を抜いて空中に浮くことでした。でもその他は、武術の勉強をすることで、視野がとても広がりました。 例えば力と力で押し合って戦えば、どうしても体が大きい方に分があります。 しかし、力を相手に伝えない方法を用いると、相手の力は行き場を失い無力化してしまえるのです。 また、タックル一つ取り上げても、相手がそこに居て反撃する前提があるからこそ、力を溜めて思い切り体当たりして、威力を発揮出来ますが、相手が力を抜き一瞬体を翻せば、指一本でタックルして来た相手を投げることも可能になります。  そう言った考え方や、体の使い方をしようとすれば、爪先立ちでは体の遊びが取れない為に非常に難しくなるのです。私は足の裏だけではなく、足首の使い方も重要だと感じています?武術の練習に参加した子供達には、少し伝えてはいますが、私も試行錯誤の中ですので、まだまだ手探り状態です。私自身が鍛錬をして、何時かプロフェショナルに成りたいと思っています!正直に申し上げますと、何処かで爪先立ちを捨て切れない私もいます。爪先立ちでも、遊びを取れる方法がありそうだと思いますが、どうでしょうか?私は、どんなことを教わりましても、全てを受け入れながら疑いも残し、更に発展した違う方法を、模索することが染みついているのでしょう?オリジナルの方がきっと面白いですし楽しいのです。ホームページで紹介している私の「三方斬り」も本物とは全く違います。本物は、もっと速いのですが、きっと子供達には解り難いと思いましたので、木刀の動きを大きくして振っているのです。子供達から誤魔化している様に見られない為に*笑 今は更に進化させていまして、三方斬りの三連続?九方斬りに挑戦して鍛錬しています。私が一本歯の高下駄でサッカー指導していますと、隣の幼児達から「てんぐ~!てんぐ~!」と言って面白がられています。確かに下駄を履いてサッカー指導をしようとするコーチは馬鹿な私しかいませんね*

三方斬り

時々、ホームページのあの映像は何ですか?と聞いて頂いている見たいですが、あれは、武術の体の使い方をスポーツの中に用いて役立つことを体現しているのです。体の向きを次々に素早く変化させても、崩れないでプレー出来るということです。日本には、日本独自のモノがあるにも拘わらず、西洋の物真似ばかりでつまらないと何時も思っていました。私は、どんな事からも学び、自分自身の頭で考え工夫しなければ指導者とは言えないと思っています。元々私のトレーニングの基本は、様々な他のスポーツの要素を取り入れたモノだったことと、更に創造性や即応性のある選手を育む為には、指導者が弊害になってはならないと考えています。その考えに基づくのであれば、自由な環境に出来るだけ近づけて「遊び」の良さを残さなければと、何時も試行錯誤しながら臨機応変に対応することを心掛けています。この様な私の考え方から、日々勉強する内に武術の世界が身近に感じられて、理屈では説明出来ない技や曖昧だけれども確かに存在する不思議な感覚が面白く、これによって更に子供達の世界をもっと広げられると考えました。子供達をよくよく見られて下さい。キャンプの遊びを見ていましても何時も感じますが、子供達の自由な遊びは、色んな発想をして、次から次へと見事に変化して行きます。サッカーがラグビーに変わる程度ではありません!アリが船長さんになったり、水泳が宇宙にもなります。大人からすれば「そんなことアリですか?」と思う様なことは、全て許されるのです。 こういった自由な発想する経験が、創造力になったり、どんなことが起こっても瞬時に対応出来る人間を育てるのではないのでしょうか?そういう意味に於いて私達指導者が、子供達の視野を広げて指導することは、とても重要且つ大切なことだと思っています。武術もその中の一つですね!武術では、スポーツの常識ではありえないことが、当たり前のこととして、沢山あるのです。例えば、スポーツの中で反復練習を繰り返し、少しずつしか上達しないことでも、武術では、さっき出来なかったことが、体の使い方や操作性を覚えただけで、今は出来た!そういうことは何も珍しくありません。私が見させ頂きましても、その指導方法では意欲が無くなるし、体を壊すのになあ?と思うことがよくあります。保護者様も解らないまま従い、ある時は試合試合に明け暮れて喜び、選手の体が壊れて行くことに気付けないこともあるのでしょう?試合を第一に考えてしまうのは分からなくもないのですが、何の為に試合があるのか?もう一度よく考えて見ては如何でしょう*練習は休み、試合だけには出場する???親や選手の目先の喜びに囚われてはいないのでしょうか・・・指導者のみならず選手達の考え方なども転換して、色々な工夫をして行けば、全く違う世界や方法があることに気が付くでしょう!そうすれば、きっと無理な練習や、理不尽な事を強いられている子供であっても疑問に思い、自分達で考え工夫することを覚えて行けると思います。 その様な人格形成が、やがて即応性のある選手や、創造性豊かで閃きのある人間を育むのだと信じます。今年のキャンプ地で、管理人の優しいお爺さんがおっしゃっていたことが、強く印象に残っています。最近の子供達は、こんな自然の中にいても「どうやって遊んだら良いですか?」と聞いて来る!本当に可哀想に思います*与えられたモノの中でしか遊べないのは、本当に残念でなりません。クラウドの子供達は、大丈夫でしたよ!自由に何でも使い遊んでいました。 しかしながら、当然かも知れませんが、何でも人に聞かなければ出来ない子は沢山います。シャワーは何処にある?手を洗うのは何処?トイレ何処?直ぐ目の前にあってもです。 そういう時にこそ大人が少し手を掛けて上げるだけで、子供達はとても成長して行くものなんですけどねえ~*

犬とネコ

人間の嗅覚はどちらかと申しますと、退化していると教わった記憶がありますが、犬の嗅覚はご承知の通り大変優れています。但し、目は余りよくありません。ただ犬もネコもそうですが、聴覚はどちらも素晴らしいですよね!人間は目に頼ることが80%位だと言われていますので、如何に一つの能力に頼り切っているのかが解ります。この様に人間は、あらゆる情報を目に委ねていますが、それを鵜呑みにしてしまってはいないでしょうか?錯覚と言うことを忘れがちになると思います。 一つの情報に惑わされ、間違った判断をしてしまうのも頷ける気がして来ませんか?犬やネコは耳と鼻を同時に使い、ある時は舌の味覚の三つからの情報を得ようとします。現代社会に生きる私達は、目を使うことすら放棄して退化している様に私には思えます。それは、目を見て人と話さなかったり、返事をしない、顔を上げずに頷く!携帯を操作しながら歩き周りを見ない。そういったことを繰り返して行けば、本来持っている人間の能力が、退化の一途を辿ってしまうことは疑い様がありません。「息を合わせる」という文化も消滅します*何時から、人間が一番偉くなったのでしょう?ロシア、アムール地方のシャーマン達の間では、トラが一番位が高く、確か二番目がクマだったと思います。人間はそのずーと下の下?

富山県の魔法の水

何年も前に、富山の名水を車で取りに行ったことがあります。5時間ぐらい掛けて行きました。 その水を飲むと、不治の病が治るそうなのです。偶々身内にそういう人がいましたので、友人達と一緒に行きました。その水には酸素が通常の5倍くらい入っていまして、その他にゲルマニウムも入っているとのことでした。 真夜中にポリ容器を持って暗闇の中、徒歩で運びましたが、その水の重いこと重いこと!比重が重いのです。力に自信のあった私ですが、何度も何度も立ち止まってしまいました。汗を一杯流しながら、重い水を運んだ経験は忘れられません。何回も往復している内に朝になり、車を止める駐車場に戻ってくると、管理人らしき叔母ちゃんが声を掛けて下さいました。 私達が愛知県から来たことを述べますと「ここまで来なくても、電話一本で送ってあげるのに~」と言われたのです。ガクッ* 私を含め皆、力が抜けてしまいましたが、人を助け様としているのだから、苦労するのは当たり前だと自身に言い聞かせて、もう一度、山に入って行ったのです。その管理人室の裏には、名水の入ったポリタンクが沢山積んでありましたので、届け先を伺うと「某化粧品会社」に定期的に送っているとのことでした。また、この水は一年経っても飲めるし、豆腐をこの水で作ると何週間も腐らずに食べられることも教えて下さいました。昔、修行僧がこの地で不思議な水を見つけ、難病を抱えた村人が助けを求めて来た時、この水を毎日飲んで塗れば治ることを教えたのでした。それが本当に効いたことから、噂が広まって医者に見放された患者さん達が沢山訪れる様になったとも教えて頂きました。

生活排水

ある方と知り合ったお陰で、産業廃棄物(粘土)を使って、水の浄化を研究したことがあります。  最初は、建築用ブロックに使用出来ないか?と、トヨタホームに持ち込みましたが、ダメでした*日本は地震国ですから、厳しい建築基準法がある為に活用出来ないのだそうです。何故、建築用資材に使用することを考えたのか?その訳は、ドイツにあります。ドイツでは、ベルリンの壁や家々が粘土(正式名ポロトン)で出来ていたからでした。その魅力は、コストが安いことと、その耐久性にありました。ドイツには、50年や100年以上の建物や、住宅が沢山存在しているのです!しかし、日本住宅の寿命は大体20~30年ぐらいですよね?人間が生きて行く上に於いて、一番お金が掛かりますのは住宅費だと思います。その住宅費が安ければ、とても豊かに暮らせていける筈です。現にドイツでは、失業率が高い割に優雅に暮らしていたそうです。一緒に研究した方は、実際にドイツまで出掛けて現状を視察して来ました。 ドイツでは、粗悪な粘土を800度くらいで焼きブロックにした物を使い、お父さんと子供で少しづつ家を造るのだそうです。勿論、基礎や床、屋根などは専門の技術者が請け負うのですが、壁や間取りは自由に造れるのです。更に、その方がとても感心していましたのは、外壁や屋根の色などは、周り家や街の雰囲気、又は景観などを壊さない様に気を配っていたことでした!自分勝手なことは、しないのだそうです。素晴らしい*ドイツの人の資質や国民性が窺われます。日本では、赤い家が景観を乱すと、裁判沙汰になったりしていますね! 私は、どちらが良い悪いと思ったことはありませんが、素朴に感じる所は、「自由とは、ただ自由なのでしょうか?」その辺をこの国は、ちゃんと示した方が良いと考えています。国の根幹に係わることですから?前述の自然破壊についてもそうですが、国民は誰しもと言っては、語弊があるのかも知れませんが、殆どの人達は、土地付きの家を持ちたいと考えているのではないのでしょうか?私は結婚をしたことがありませんので子供がいませんが?あっ!今は結婚をしてなくても子供がいる方がお見えになりますね?失礼しました*戻します。高層マンションで子供を育てることは、何か違和感があります。良くないと感じるんです。理屈抜きで!土地の価格が高い日本では、ある程度の自然破壊は仕方ないのでは?とも思います。  造成を行いつつ自然との共生を図って、知恵を絞ることは出来ないのでしょうか?  家を持ちたい人が、ローンを二世代、三世代に跨らなくても、借金を背負わずに購入出来たら、どんなに日本の子供達が幸せだろう*と、考えるのは大きなお世話ですね?また話を戻します! 建築用ブロックを諦めて、次に思い付いたのは、水の浄化でした。何故?建築から生活排水の浄化ブロックにシフトしたのか?それは、穴にあります? ドイツのポロトンには、断熱効果や防音効果、または、重量の軽減などを目的として、練炭の様に?今の若い方は分からないかも知れませんが、穴が沢山開いていたのです。水流が緩やかになる様な穴が空いていたり、酸素が沢山ありますと、自然に微生物が住み付き、繁殖して生活排水を浄化してくれるのです。 そこで私達は、その穴を縦横と増やして改良し試作品を作りました。そして、鮎の研究で有名な岐阜大学の和田先生にアドバイスを貰いに行きますと、水の浄化に使用するのであれば、もっともっと沢山の穴を開けて多孔質にした方が、より良いと教えて頂きました。実際に、岐阜大学にある、水質浄化実験の設備も見せて貰い参考にしたのです。岐阜県でも、川に墨を使い浄化の実験を行っていますが、如何せん、コストが高過ぎるとおっしゃっていました。その点、このブロックなら可能性として期待が持てるとも言って頂けたのです。持ち帰り、今度は実験装置の製作に取り掛かりました。ブロック改良は、アドバイスの通り多孔質にする為、粘土に細かい発砲スチロールを混ぜて焼き、微生物が沢山繁殖し住み易い環境にしてみました。そして、住宅に一台設置出来るサイズにして、8個のブロックを縦に並べて、生活排水を小さなポンプで汲み上げ、酸素が沢山供給出来る様にシャワー式にしたりして試作第一号が完成したのです。ブロックの焼き方も試行錯誤でしたが、多治見市の陶磁器組合の方々にお頼みして、800度、900度、1200度と、色々な温度で焼いて貰いました。快く引き受けて下さり、お金を取ってくれませんでした* お金よりも、気持ちで「よし、やっちゃる」という多治見気質が私は大好きです。本当にお世話になりました*こうして、皆様のお力で実験装置が出来ましたので、さあ!実験です。そこで瀬戸市の浄水場に排水のサンプルを貰いに行きました。 凄い匂いで倒れそうでしたが、バケツで汲み揚げてポリ容器に入れ持ち帰ったのです。浄水場の方が言われていましたのは、朝食、昼食、夕食の時間帯に川の水質が一気に悪くなるので、その時間帯に塩素を増やして水質調整するのだが、塩素の量を増やすと、逆に水質を悪化させてしまうので、非常に難しいとおっしゃっていたことが印象的でした。薬と言うものは、適度でないと逆に毒になりますよね?人間の薬も一緒です。そして、いよいよ実験開始となり汚水を投入しました。 少し専門的なことですが、水質のBODやCOD、解り易いところでは、大腸菌群数など毎日データを取りながら記録して行きました。そして、魚や金魚が3日~5日程度で住める水になったのです!私達の検査では不安でしたから、専門の水質検査会社にも依頼して、正式なモノに纏めてもらいました。様々な問題点もありましたが、何とかクリアーしましたので、次は実用です。ここからが困難を極めました*地方自治体や県の河川事務所や浄化センターなどなど、あらゆる所に資料を持ち込み誠心誠意説明させて頂きましたが、興味は示して貰うものの実用には至りません。やはりお金の問題が出て来ます。結局、「予算がない」とおっしゃるのです。裏金はあっても?少し皮肉でヤラシイので止めます。この前のノーベル賞でも言われていたことですが、基礎研究は直ぐに利益にならないので、悲しいことに予算が付かないのです。環境、環境と叫びながら、お金が少しでも掛ることは、いくら世界中の生物に役立つことであっても、受け入れて貰えない現実が空しく思いました*土地の話に戻ってしまいますが、日本の国土面積は小さく土地も限られています。知恵を絞り沢山の人々が持ち家に住める様にする手立てはないのでしょうか? 「人には、どれほどの土地がいるか?」とトルストイさんに聞かれたら私は、こう申し上げます。「子供達が住める分だけ下さい*」と・・グラウンドも出来れば欲しいですね!笑 お金儲けが、下手な代表では未来永劫持てないでしょう*ゴメンネ~クラウドの子供達よ~

特許取得

しかし、このままでは今までやって来たことが、無になってしまうと思い特許申請を出すことにしたのです。殆ど私ではなく、ドイツを視察した方の研究にも拘わらず、手伝った私の名前で良いと言うので、それに従いました。 その方曰く「私は、もう定年を過ぎている為、直ぐに働けなくなる。あなた見たいな若い人に委ねた方が可能性があるでしょう!」と言われたのです。 理数系?物理系のその方と、体育会系の私でミスマッチングでしたが、不遜な私に対しても、感覚や勘を頼りにして、思わぬ発想を思い付く事や既成概念を乗り越え考えられることなどを、沢山褒めて頂き伸ばして貰いました。今でも感謝しています。 現在に至って思いますのは、ドイツは本当に素晴らしい国だなあ?と心から思います。戦争によって国民全体が心から反省し、教育、医療、環境などの本質を見極められたのでしょうか?思い出しましたが、このブロックは、防音壁としてアウトバーンにも使われています。日本の高速道路では科学物質で作られた防音板が並んでいまね*これも石油から出来ているのだと思うと、いつも未来がない様な気がして来ます。きっと、施工の速さや見栄えの良さ、コスト効率を第一に考えられているのでしょう?ドイツのブロックは古くなれば粘土ですから土に返りますよね*時間を掛け、その先の先まで見越して考え抜かれたことは、苦労する「遣り甲斐」があると言うものです。  現代人は頭が良いにも拘わらず、どうしても利益至上主義に走ってしまいます。頭が良過ぎると悪いことは見ない振りをしてしまうのでしょう?自慢話に聞こえないとよいのですが、その頃、よく私の仕事振りを評して「時間は掛かるが、長持ちする」と言われていました。  岐阜県の職場で学んだことは、故障した箇所に対し、ただ部品交換をして修理することよりも、原因の元を知り、あらゆる角度から見て考え、工夫改良することだと悟りました。ただ部品を取り換えても、また同じことの繰り返しになります。どうせ一度しかない人生ならば、労力や思考は有効的に使った方が意義があります。例え面倒なことでも生きている証として、少しでも長持ちさせることや、故障しない手立てを考えた方が人間らしくありませんか?こんな小さな事に対して、仰々しい物言いですみません。大げさに物事を話したりすることが嫌いな私にも拘わらず、敢えて申し上げてしまいました。でも本心です*   人間、一度手に入れたモノは中々手放すことが出来ません。石油、原子力、原爆然り*です。

風呂の違い

その当時、水の事に携わったお陰で、自然に興味が湧いて来ました。水について色々書かれている本を沢山読む様になったのです。そんな中で面白い本がありましたので、覚えている限りのことを話します。水は、人間が生きて行く上で必要不可欠な物ですが、それだけではありませんね!今回は飲む以外の「風呂」について話させて頂きます。 先ず、日本の風呂ですが「風呂に入る」と言うことを、皆様はどのように捉えていらっしゃいますか?大抵、一般的には体を洗う場所と、思われているのではないのでしょうか?今は、必要以上に清潔文化になってしまいましたが、そのお陰で抵抗力のない人間が増えたと思っています。ですから様々な病気も現れて来たのでしょう?私から見させて頂きますと、潔癖症ぐらいに見えたり感じたりすることもあるのです。 ちょっと初めから横道に逸れてしましたが、本来、日本の風呂は「温める」のが目的だった様です。お湯をタップリ使い、温度も高温ですね。では、極寒地に住むエスキモーの人達はどうでしょうか?氷風呂ではありません!当たり前です。笑 流木を集めて部屋の中で焚き火をし、上半身裸になり汗を掻くのだそうです。そして、熱くなった体を冷やす為に、外に飛び出し走り回ると書いてありました!笑 「あぶる」ですね。やって見たいです~もう少し暖かい国、ロシアではどうでしょう? ロシアの風呂は、高温蒸気風呂と呼ばれ、白樺の枝や葉で体を「叩いて」楽しみます。古来の日本でも江戸中期までは、風呂と言えば蒸気浴だったそうです。岩盤浴なんかと似ていますかね?北欧サウナは「乾かす」、アラブは低温乾燥長時間風呂?とでも申しましょうか?とても長く入りマッサージや商談をする社交場でした。「集まる」ことを第一の目的としていたらいしのです。  中国や韓国では、タオルで「擦り」垢を落とします。インドは、水浴ですから「冷やす」ですね!モンゴルやチベットでは空気が乾燥しているので、風呂に入る必要性を感じないと言われていました。今は違うと思います。でも、チベットやモンゴルの女性達は、よく体を拭い、とても清潔なのだそうです。 さて、アメリカはどうでしょう?皆さんご承知の通り「シャワー」ですよね! 「流す」のが文化なのです。水の文化や、お風呂の文化は、お国柄がよく表れていて面白くないですか?最後は私の大好きな国、アフリカですが、アフリカでは「泥浴び」なのです。貴重な水を無駄にはしません。 ケニアでは、赤い泥を浴びてゴシゴシやると、乾いた風が汗や垢を一緒に吹き飛ばしてくれるそうです!

上水道と下水道

申し上げるまでもありませんが、水は高い所から低い方に流れます。京都を旅した時に、以前から素朴な疑問を持っていたことを、タクシーの運転手さんに聞いて見たことがありました。それは、祇園が地元のスタッフから京都は北の方に位の高い人達が住んでいて、南へ行けば行く程、平民が居住しています?」と聞きたことがあったからでした。そのことを旅した折、運転手さんに尋ねますと、こんな答えが返って来ました。  それは「水」だと???「水の綺麗な所に高貴な方が住み、段々汚れて行った水は庶民が使うのです。だから京都は北の方は地形が高く、南は低くなっているからですよ!そして、お寺は大体高台に建っています。神様に汚い水はお供え出来ないのです。だから清水寺なんて言うでしょう!」と教えて下さいました。なるほどと思う気持ちと、階級社会に対する嫌悪感を覚えた記憶が蘇ります。前書きが長くなりました。本題に入ります。皆様は、上水道と下水道のどちらが先に出来たのか、ご存じでしょうか? 人間には、一日に大体2リットル~3リットル必要とされていますが、飲めば必ず出ますよね!笑 自然の摂理です。私は、飲み水が人間にとって一番大切だと思っていましたので、上水道が先だと考えていましたが、実はそうではなかったのです!下水が先だったそうです。しかし、日本ではその必要がなかった?それは肥料に使っていたからです。 お金も貰えたのですよ!不労所得とでも申しましょうか?結構なおカネになっていたみたいです。14世紀、昔のヨーロッパの都市では、川はもう運用されていましたので飲み水としては使えません。井戸を掘り皆で共有していました。 住む家も木造平屋から、石造りの3・4階建てアパートになっていたそうです。そこに水を運ぶのですから、苦労が窺えます。もっと大変なことが排泄物です。

オマル

私が子供の時には、オマルがありました。日本にしかない物と思っていましたが、ヨーロッパの方が先にあったのです。それも大人用の!夜中に4階から公衆便所までは行けない為、オマルを使っていたそうです。驚きますのは、それを窓から「水だよ」と言いながら道に捨てていたのでした。18世紀までその習慣が続いたそうですから、そんなに昔のことではありませんよね!その習慣が、ノストラダムスが生きていた時代に、ペスト菌で沢山の人々がなくなった原因の一つでもあったのでしょうか?

クマ出没

何年位前でしょうか?子供達を連れて根尾村に行ったことがありました。とても山深い所でしたが、水が本当に奇麗でした。しかし、至る所に看板が出ていまして、「熊出没」「危険」と注意を促していたのです。子供達を4名連れていましたので慎重に山に入って行ったことを覚えています。皆が「先生、もし熊が出て来たらどうする?」と聞きますので「もう皆は動物達の家に入っていることと同じだから、注意していなくてはならないよ!道は動物達に譲らんといかん。でも、もし出会って襲って来たら、皆を守る為に先生は戦うから、その隙に逃げて車の中にいなさい。」と言うと子供達は、「オレ達も戦うよ!後ろからキックするから*」と逞しいことを言ってくれたのです。私が「多分、全員やられる」と言うと、皆で笑っていました。その直後に、一人の子が石で足が滑って川に落ち、パンツまでズブ濡れになってしまいました。武器を確保しようとしたのですね!その慌て方が滑稽で、更に笑いの渦が大きくなったのでした!本当にヤバイと思ったのでしょう? 両手に石を持つ子、木の棒を持つ子など様々ですが、笑いながらも真剣な表情がより一層面白かったです。笑 私の歩き方のマネをしたのでしょうか? 頭を下げ屈んで歩く姿は、まるで槍を持ったマサイ族の様でした! 自然の良さだけではなく、怖さを知ることもとても大切なことですよね* 両方を自分自身で知らないと自分の価値観で判断出来ません。   
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愛知県で活動しているクラウドサッカークラブの運営をしています。
日々の指導の中で感じたことを綴ります。
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